第23話 リッカ、彼女と遭遇する

「……さてと、どうしたもんかな。ま、とにかくまずは向こうから来るのを待つしかないよな」


 メディ先生の話を聞き、書類に目を通しつつも午前中に必要な作業を終えて少し早めの休憩に入る。改めてタキオンと直接対面した際、まず彼女とどう触れ合えば良いのかを考える。


(誰よりも飛び抜けた才能を持ちながらも、病弱な少女……か。確かに扱いには苦労しそうだな)


 メディ先生の話によれば、彼女次第では今日にでも本人から特進クラスに足を運ぶ流れになるという事だから、早ければ今日明日中には顔を合わせる形になるだろう。


「ま、直接本人と何も話していないうちにあれこれ考えてみたところで仕方ないか。……ひとまず腹ごしらえして午後に備えますかね」


 いつもなら教務室で黙々と自分で作った手弁当で昼食を済ませるのだが、今日は何となく気分転換に中庭で食べる事にしようかと思い弁当箱と水筒を手に持ち、中庭に向かう途中で廊下に倒れている少女を見つける。


「……っ!おい!大丈夫か?どうした!具合が悪いのか!?」


 慌てて地面にうずくまっている少女に駆け寄り声をかける。幸いにも意識はあるようで、上半身をゆっくり抱き抱えて起こすと視点が定まらない中、少女がようやくこちらを向きながら何か言葉を発そうとしている。


「意識はあるな?なら大丈夫だ。……よし、このまま喋れそうならゆっくり話すんだ。慌てなくて良いからな」


 そう声をかけながら少女の様子を確認する。このままの状態が続くようならば即座に医療室に運ぶ必要があるかと思っていたが、徐々に落ち着いてきたようで少女が口を開く。


「……か……が……」


 何かをつぶやいているようだが、あまりにか細く小さな声のため聞き取れない。片手で背中をさすりながら少女に声をかける。


「うん?よく聞こえないな。喋れるようなら焦らなくて良いから、落ち着いてからゆっくり俺に聞こえるように話してくれ」


 その言葉が聞こえたのか、自分に抱きかかえられたまま少女が小さく深呼吸して口を開く。


「……かが、……きまし……た」


 先程よりは幾分聞こえやすくなったものの、やはりか細く話しているためまだ少女の言葉が上手く聞き取れない。


「……大丈夫だ。落ち着いてゆっくり話してくれ。無理はしなくていい」


 自分の言葉に少し安心したのか、先程まで苦しげだった少女の表情がいくらか和らいだ。少し間を開けて少女が再び口を開いて言う。今度はしっかりと聞き取れた。


「……お腹が……すきました……」


 そう少女がつぶやくと同時に、少女の腹から聞いていて気持ちよくなる程の腹の音が盛大に周囲に鳴り響いた。



「……はむっ!はふっ!はふはむっ!」


 腹の音が鳴り止まない少女をひとまず抱き抱え、中庭のベンチに移動して様子が落ち着いたのを確認し、落ち着いてから自分の弁当を差し出すと少女は一目散に弁当をかき込み出した。あまりの勢いに呆気に取られながらも水筒の水を差し出しながら少女に声をかける。


「……誰も取らないからもう少しゆっくり食え。ほら、喉が詰まるといけないから合間に水もちゃんと飲むんだぞ」


 自分の声に無言で水を受け取りながらも、もう一方の手で立て続けに弁当を勢いよく口に運び、あっという間に完食する。最後の一口をごくん、と飲み込んだと同時に水を飲み、ふう、と満足げな表情を浮かべる。その食べっぷりといい今の恍惚とした表情といい、弁当を提供した甲斐があったと思わず思ってしまった。そんな事を思っていると少女が口を開いた。


「至福の……体験……ご飯が止まらなくなる濃い目の味付けの唐揚げと肉団子……その油分を洗い流す長芋と青菜……出汁と甘味が程良く調和した卵焼き……そしてデザートと言っても差し支えない甘めの煮豆。全てが……完璧に調和……」


 先程までとは違い、所々で言葉を溜めつつもいきなり流暢に語りだしたため思わず何も言えないでいると、ようやくこちらの視線に気付いたのか少女がこちらを見て口を開く。


「……ありがとう。お兄さんは私の命の恩人。助かった。この恩はいつか必ず」


 そう言いながら米粒一つ残さず綺麗に完食された空の弁当箱を持ったまま、少女がこちらにぺこりと頭を下げる。


「大袈裟だな。いや、こっちとしたら見ていて気持ちの良い食いっぷりを見られたから問題ないよ。……で、お前さんは何であんな所に倒れていたんだ?」


 自分の問いに弁当箱に蓋をして丁寧に布にしまいながら少女が答える。


「えぇと……私、メディ先生と支援学級の先生に編入希望先の特進クラスの新しい先生に挨拶に伺いなさいって言われて。それで急いでいて、ついご飯も食べずに向かっていたけど、お腹が空いて途中で力尽きちゃって……」


 彼女がそこまで言ったところで、ようやく彼女が誰なのか気付く。いきなり倒れていた事と、弁当の食いっぷりのインパクトに気を奪われていたが、写真で見たよりもかなり伸びた彼女の髪とその色と瞳、そしてその顔立ちを見て確信する。


「……何だって?じゃあ、お前がタキオンか?俺はリッカ。リッカ=ペリドットだ。お前がまさに今から会おうとしていた特進クラスの講師だ。もっとも、講師といっても今の時点ではまだ臨時講師なんだけれどな」


 そう答えた自分の顔を見て、一瞬きょとんとした表情を浮かべるが、すぐににこりと微笑みながら言う。


「そうだったんだ。うん。……私、タキオン。タキオン=スピネル。よろしくね、先生」


 そう言ってタキオンがもう一度微笑んだ。

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