第22話 リッカ、相談を受ける

 ナギサの一件後、多少のごたごたがあったもののどうにか沈静化し、ようやくクラスにも落ち着きが戻ってきた頃、朝から教務室でレポートをまとめていた時にメディ先生から声をかけられた。


「お疲れ様ですリッカ先生。作業中に申し訳ありませんが今、少しよろしいですか?」


 そう言われたため、一旦ペンを机に置きメディ先生の方に振り返って答える。


「あぁ、急ぎのものでもないので大丈夫ですよ。で、何のご用ですか?」


 そう答えてメディ先生の方へ振り返る。メディ先生が手に持っていた書類の束を自分の机に広げながら離し始める。


「ありがとうございますリッカ先生。……実は、特進クラスへの編入を検討している生徒がおりまして、リッカ先生にその子の詳細を確認して頂きたいと思いまして」


 そう言われ机に置かれた資料に目を通し始める。一番上の顔写真付きの少女の書類に目を通す。ショートの青髪と青い瞳。美麗ながらもまだ幼さの残る少女の写真と目が合う。そのまま資料を読み進めていく。


 ……少女の名はタキオン=スピネルと記されてあった。産まれながらに魔術の才を備え、物心ついたころから魔法を習い始め幼少の頃からその才能を発揮し、飛び級で学園に入学と最初の資料には記されてあった。そのまま資料を読み進めていくと、彼女の経歴に気になる項目がいくつかあったためメディ先生に尋ねる。


「えっ?このタキオンという子……元々は特進クラスに所属していたんですか?しかも、入学早々いきなり特進に?」


 自ら入学するのではなく、魔力の才を認められてこの学園にスカウトされて入る存在は珍しいことではないが、入学早々に特進クラスへの入学を認められるというのはにわかには信じられない。講師を務める際に今の特進クラスの皆の資料も一通り目を通したが、ルジアとオルカの二人を除き、ほぼ全員が上級からの入学スタートだったと記憶している。俄然興味が湧き、少女の資料を読み進める。


「……えっ?メディ先生、これは本当ですか?彼女の魔法属性の評価ですが……ほぼほぼ最高評価じゃないですか」


 書類に記された彼女の資料を見て思わず声を上げる。彼女の魔法の各属性に対する評価がずば抜けていたからだ。


 この学園だけではなく、魔法を学ぶ全ての公式施設では魔法を学ぶ際に基本の地水火風を原則とし、枝分かれした氷や雷などの各属性を各生徒別に得意不得意を表記し、得意な属性をより伸ばしたり苦手な属性を改善すべく指導する形となっている。本来であれば最高評価の『S』が一つ付いているだけでも充分なのだが、タキオンの資料に記されている各属性の評価に思わず二度見をしてしまった。


(これは……明らかに異常だ。もしこの評価が全て事実なら、ルジアやオルカ以上の才能どころか即座に国の施設に引き抜かれるレベルだ)


 優秀な特進クラスの面々に囲まれているため若干感覚が麻痺しているが、本来であれば基本の最高評価の『S』とされる項目が一つあれば大概は上級者扱いとなるのが一般的な評価だ。その中で特進クラスの面々は各属性の半分近くで『S』を取得しており、かつ自分が最も得意とする属性ではそれを超えた『SS』の評価を付けられている。


(……ルジアなら『炎』、オルカなら『風』でそれぞれ『SS』の評価が付けられている。魔法よりも魔術具の知識と取り扱いに特化しているジーナは例外として、クラスの皆がそれぞれ特化して得意とする各属性ではSSの評価を得ている。他は悪くてもBからAの表記なんだが……この子は……)


 そう思いながらもう一度タキオンの評価シートを見る。そこにはSとSSの評価がずらりと並ぶ。その中で二つの属性だけが違う表記が記されていた。一つは『炎』の表記のAなのだが、『雷』の属性の表記を再度見つめる。そこには『EX』の文字が記されていた。


(……おそらく、俺が今この表記を正式に受けたとしたら半分以上はこの『EX』の評価を受けるだろう。だが、この若さで一項目でもその評価を受けているとなると……もはや国の直属魔術師レベルの扱いのはずだ。何故、この子が今特進クラスにいないのかが疑問に思うレベルだ)


 そう思い、素直にメディ先生に尋ねてみる事にした。


「……ここに書かれている項目の内容が全て本当ならば、末恐ろしいぐらい優秀な生徒だと思います。ですが、そんな彼女が何故今になってようやく特進クラスに編入するのでしょうか?正直、このレベルなら既に特進クラスにいて当たり前というか、既に卒業して国の直属魔術師に所属するに値すると思うのですが」


 自分の質問をあらかじめ予測していたかのようにメディ先生が答える。


「……それは、次の書類をご覧頂ければ分かるかと思います」


 眼鏡の位置を手で直しながらメディ先生が言う。言われるがまま書類を捲り、次のページの内容に目を通す。


「えぇと……必要出席日数が一五〇日に対して出席が九十一日?……しかもそのうち、早退が四十六日!?」


 どうみても悲惨な出席率である。欠席数がせいぜい一〇日とかであればまだどうにか許容出来る範囲ではあるが、この日数となれば流石に誰もがおかしいと思うだろう。


「……メディ先生、これはどういう事ですか?この子、実は見た目に反してかなり素行が悪いとかでしょうか?」


 自分の言葉にメディ先生が困った表情で首を振りながら答える。


「いえ、そんな事はありません。彼女……タキオンさんは決して素行に問題はありません。ですが、かなり病弱なのです。そのため、頻繁に体調を崩してしまうことがありまして」


 つまり、才能はあるが病のためにその出席日数という訳か。それならば納得出来る。そう思っているとメディ先生が話を続ける。


「それで……タキオンさんはこの一年近く、支援学級クラスで授業を受けておりました。当時よりは大分体の様子は安定してきており、私も担任の先生も安心しておりましたがつい先日、彼女から相談というか直談判があったのです。……特進クラスに戻りたいと」


 そういう事か。それで自分に声をかけてきたという訳だ。さらにメディ先生が続ける。


「以前からもタキオンさん本人からは特進に戻りたいという申し出は何度も出ていたのですが、ご存知の通りクラスの担任が定着しない状態だったため、それも含めて彼女に言い聞かせて自身の療養も兼ねて納得していただいていたのです。ですが、今回彼女から再び申し出があったのと、リッカ先生が臨時講師に着任していただいてからはルジアさんの一件があっただけで他に大きな問題が起きていないというのもあり、ご相談させていただきました」


 なるほど。臨時講師とはいえ担任が定着した今ならどうかというタイミングと、彼女本人の何度目かの申し出の時期が一致したという訳だ。それをむやみにはね除けるのではなく、きちんと自分に伺いを立ててくるところにメディ先生の人柄が表れているなと思った。


「自分は構いませんよ。今は体調が落ち着いてきているというのなら問題はありません。ある程度の事なら自分でも対応出来ると思いますので。それに、これだけの優秀な成績であるなら自分も一度彼女と話もしてみたいですしね」


 自分がそう言うと、ほっとした様子でメディ先生が言う。


「良かった。実を言いますとリッカ先生が面倒ごとをお嫌いな方だったらどうしようかと思っていたんです。ありがとうございます。それでは、早速支援学級の担任とタキオンさんご本人にお話をお伝えしておきますね。近日中にリッカ先生の方へ直接本人が向かう形になるかと思いますので、よろしくお願いいたします」


 そう言って資料の束を自分に預け一礼し、メディ先生が自分の席へと戻っていく。残された資料をぱらぱらと捲りながら眺めていく。


(……タキオン=スピネルか。さて、どんな子なんだろうな)


 表紙の顔写真をもう一度眺め、胸中でつぶやいた。

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