第24話 リッカ、タキオンと会話する

「……そうなんだ。先生、勇者様と旅をしてたんだね。凄いや。前に魔族が来た時も、特進の皆じゃなくて本当は先生が仕留めたんだね……。だから先生は特進の皆に認められたんだね。でも、男の人なのに魔法が使えるなんて不思議だね。私、そんなの今まで聞いたことないよ」


 ひとまずタキオンをそのままベンチで休ませている間、たまたま昼休みを中庭の近くで過ごしていたセリエとオルカを見つけたので声をかけ、午後の授業を二時間ほど自習にする旨を皆に伝える様に頼んだ。タキオンの事は下手にぬか喜びさせないように今の時点では黙っておく事にして、足早にベンチへと戻る。


 食事を取って顔色が良くなったとはいえ、タキオンの体調もまだ下手に動かさず様子を見ておきたかったし、もし編入が正式に決まったとしても自分がここに来る経緯をタキオンに一から説明するには教室ではルジアをはじめ他の皆が色々と騒いで面倒になると思い、世間話を兼ねてここで先に簡単な自己紹介をしておこうと思ったからである。一通り話し終えたところで、タキオンが先程の言葉をつぶやいたため、自分も言葉を返す。


「……疑わないのか?自分で言うのもなんだが、本来有り得ない事だぞ?」


 特進クラスに入れば自分が魔法を使える事はいずれ知る事になるだろうし、信じようが信じまいがそれは本人の自由なので今は構わないと思い、魔法についても今のうちに話したのだが、タキオンから返ってきた反応は意外なものだった。


 特進クラス編入が確定ではないとはいえ、万一仮にタキオンが第三者にそれを話しても、実際目の当たりにした特進クラスの面々以外はまともに相手にしないだろうと計算したというのもある。そんな自分の思いとは裏腹に、タキオンはにっこり笑ってただこう言った。


「先生は私の恩人。それに、あんな美味しいお弁当を作れる人に悪い人はいない」


 そう言ってこちらをにこにこしながら見つめるタキオンを見て、可愛いと思った。異性としてではなく、小柄な体と愛嬌のある顔立ちがまるで人懐こい小動物に見える。思わず頭を撫でたくなるが、慌てて自重する。


「そっか。ありがとな。恩人かはともかく、そう言ってくれたら嬉しいよ。じゃ、改めてこれからよろしくな」


 そう言って握手をしようと手を差し出す。すぐに同じ様に握手をしようとしたタキオンの手が直前でぴたりと止まる。


「どうした?何かあったか?」


 そうタキオンに声をかけると、困った表情のタキオンがぽつりとつぶやく。


「……でも、支援学級の先生に言われたの。ちゃんと特進クラスの先生に自分の実力と事情を受け入れて貰えてからじゃないと、正式な編入は出来ないって。それが認められたらちゃんと編入に必要な書類にサインするって」


 そこまで言ってタキオンが言葉を続ける。


「私、体弱いから。すぐに立っていられなくなるし、具合も悪くなっちゃう。……前に特進クラスにいた時も何度も倒れて、その度にクラスの皆に迷惑かけた。皆が気にしなくて良いって言ってくれたけど、一回本当に死にかけちゃって。それで、皆が止めてくれたけど前から言われてた支援学級に行ったんだ」


 ……なるほど。自責の念とその都度大騒ぎになるのなら目の届く範囲に置いておきたい支援学級の講師の言葉の板挟みって事か。


「……でも、お前としては戻りたいんだろ?特進クラスにさ」


 そう自分が言うとタキオンがこくり、とうなずく。


「……うん。支援学級のクラスの皆も優しいし、先生も何かあったらすぐ助けてくれる。……でも、やっぱり私は特進クラスの皆と勉強したい」


 あまり付き合いはないが、たしか支援学級はタキオンのような病弱な者をはじめ、魔法は扱えるものの身体のどこかしらに事情があり、通常の形式での授業が困難な生徒が主に集まるクラスだったはずだ。


(……確かに、特進に進める才能があるのに勉強よりも療養に力を入れられたら仕方がないとはいえ不満もあるよな)


 不安そうな表情を浮かべるタキオンを見て、差し出した手をタキオンの頭に乗せてぽんぽんと軽く叩いた後、優しく撫でながら言う。


「大丈夫だ。お前の事情はメディ先生から聞いてるよ。緊急時の対応の処置とかもな。近いうちにお前をずっと見てくれていた支援学級の先生にも詳細を聞きにいかないとな」


 そう自分が言うと、タキオンがこちらを見ながら言う。


「……先生、嫌じゃない?私みたいに手のかかる子が教え子になったら」


 そう言うタキオンに笑いながら答える。


「大丈夫だよ。これでもそれなりに修羅場は潜ってきた方だからな。お前の体調を見ながら授業なんて何ともないし、万一何かあったらすぐに助けてやるよ」


 そう言いながらタキオンの頭をまた撫でる。そこでようやく自分がタキオンの頭を自然に撫でてしまっていた事に気付く。慌てて手を離したがもう遅い。


 ……しまった。ついつい自重していたのに思わず撫でてしまった。どうもこいつ、小動物感があって撫でたくなるんだよな。やけに撫でやすいし。


 不快に思ってないかと不安になりタキオンの顔を見るが、幸い大丈夫だったようだ。むしろ、自分が先程まで撫でていた手を触れながら目を細めて笑う。


「……ありがと。先生の手、おっきくてあったかいね」


 それからもう少しだけ様子を見るため、ベンチに二人で座りながらしばし何気ない会話をする。タキオンの顔色もすっかり良くなったようで安心する。


「……しかし、お前の魔法の評価を見たけど本当に凄いよな。いつか生で見せて貰いたいもんだな」


 そう自分が言うと、タキオンが不意に立ち上がって言った。


「いいよ。今から見る?私も、先生に私の魔法を見て欲しい」


 突然のタキオンの提案に一瞬固まる。さっきまで倒れていたというのに何を言っているのか。


「いやいや……無理すんな。誓って別に疑っている訳じゃないし、ましてお前、さっき倒れたばかりじゃないか。そのうち見せてくれれば大丈夫だよ」


 そう自分が言うものの、タキオンはベンチから立ち上がり自分の手を引く。


「大丈夫。休んだし先生の美味しいご飯と楽しいお話のおかげでもう元気。昔よりは体力もついたから。今は、少しでも早く先生に私の実力を見て欲しい。それに私、先生の魔法……見てみたい」


 タキオンの顔は至って真剣だ。その目に見つめられると、とても駄目だとは言えなかった。


「……分かった。ならひとまずこれから演習場に向かおう。だが、絶対に無理はするんじゃないぞ。約束出来るか?」


 自分の言葉にタキオンは力強く頷いた。


 こうして、図らずも初対面にしてタキオンとの面談と実力確認を早々に行う事となった。

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