第17話 お前BL読んだことあるのか
「きゃ〜!あーちゃん似合ってるわ〜」
レイナが年甲斐もなくきゃいきゃいとはしゃいでいる。
今日はエルドランド魔術学院の二学期初日。
そしてあやめの編入初日でもある。
先日届いた制服に身を包んだあやめを、レイナが我が子の入学式を前にした母のように迎えていたのだった。
「これが南蛮式の衣装か〜、なんか違和感すごい」
あやめが着ているのは白のカッターシャツと一学年を示す青いネクタイ、黒のスラックス。その上にはローブではなく……いつもの青い羽織をかけていた。
「あやめ、ローブは着ないのですか?」
「えー、だってそれ無駄にでかいしブカブカで動きにくいんだもん。こっちのがいい」
「編入初日から制服を気崩さないでくださいよ。ほら、着せてあげますから後ろ向いてください」
強引に着せようとするフローラから慌てて距離をとるあやめ。
「いいってば、制服崩すのも学園生活の醍醐味ってこないだどっかで聞いたし」
「仮にも生徒会長である私の前でよくそんなこと言いますね。他の生徒に示しがつかないので大人しく着てください」
「い〜や〜だ〜!私はブラック校則には屈しない!」
そうしているうちに、二人は店内でバタバタと追いかけっこを始めてしまう。
まるで仲の良い兄弟のようなやり取りを、レイナは微笑ましく見守り―――そんな何気ない日常を、撮影機に収めるのだった。
☆
「本日より皆さんと一緒に学ぶことになった転入生をご紹介します」
エルドランド魔術学院の全校集会は、学院敷地内の集会用の小規模アリーナにて行われる。
全校集会は学院長の挨拶、主任教諭からの連絡、生徒会役員からの今学期活動予定など、粛々と進められていた。
そして、生徒会長であるフローラの挨拶まで回ってくると、フローラは壇上で全校生徒を前に、慣れた口調で話を進め……いよいよ編入生紹介となった。
「ではあやめ、挨拶を」
小型の拡声器を手渡し、挨拶を促す。
「んーと、名前は不知火あやめ。ん……」
淡白に名乗った直後、少し間が空く。
「(あれ?自己紹介って何言えばいいの?)」
あやめはフローラと違い、大勢の前で喋るという経験が致命的に欠如していた。
戦争に参加していた時も兵の士気発揚は別の人間がやってたし、ここ数年はかなり限られた人間としか関わってこなかった。
特段緊張している、というわけではないが、シンプルに何をしていいのかわからなかった。
「(女の子のタイプ……は攻めすぎか。好きな食べ物……はおもんないし、煙草の銘柄、賭け事……あれ?何気にむずくね?)」
会話デッキの乏しさに内心頭を抱えていると。
「大丈夫ですよ、あやめ」
フローラが穏やかに微笑んで助け舟を出す
「ここは貴方という人を知ってもらう場です。あまり深く考えず、自分の好きなことを話せばいいのですから」
そんな聖母のようなフローラの微笑みを受け、あやめは余計な力が抜けていくのを感じる。
「そっか……そうだね、じゃあ……」
ふっと笑って一拍。
「好きな女の子の部位は胸と二の腕です」
「いますぐ舞台袖に引っ込んでもらっていいですかね」
フローラの表情がすとんと抜け落ちた。
さっきまでの女神のような慈愛に満ちた表情が嘘のように、その目は虚無そのものだった。
「なんでさ、自分を知ってもらうにはまず性癖から暴露するのが早いっていうじゃん」
「そんなの聞いたことありませんし、もっと手前から始めるものだと思ってました。ほら、もっとあるでしょう、学園での目標とか、やりたいこととか」
「楽しく学ぶ」
「そんな初等部みたいな回答をされましても……」
フローラが呆れを通り越して可哀想な人を見る目で見てきたので、あやめはむくれて反論する。
「じゃあフローラだったら何話すのさ」
あやめが避難めいた目で聞き返す
「私ですか?そうですね……」
少し考え……
「まずは家の爵位からでしょうか?」
「とっつきづらくなるわ!いきなり家格で分からせようとすんな!」
「そうですか?むしろ挨拶では鉄板だと思うのですが」
「さてはオメー友達いねーな?」
実にいつも通りのやりとりをする二人。その声は拡声器を通じて全生徒がバッチリ聞いていた。
「(あいつやばい…)」
「(会長にタメ口…)」
入学と同時に心証は底辺からのスタートだった。
「おい!お前いい加減にしろ!というか会長にその口の利き方はなんだ!」
そんな、身内がみれば微笑ましいやり取りに業を煮やしたのか、舞台袖から背の高い男子生徒がそれはもうご立腹といった様子であやめに近寄ってくる
「誰?」
「副会長ですよ」
そんなお怒りの空気も知らんわといった様子でフローラに尋ねる。
その後、あやめは不躾にも副会長を頭のてっぺんからつま先までじろじろ観察する。
清潔感のある整った髪、少々つり目な塩顔。シワひとつない衣服は着崩すことなく規定通り着こなし、いかにも真面目一徹、と言った感じだ。
要するに……。
「なんかBLの受けの人みたい」
「誰がBLの受けだ!」
その後ろでぶふぅ!と思わず吹き出してしまうフローラ。
「……会長、今笑いました?」
「いいえまったく」
「会長ぉ!?」
一瞬で淑女然とした表情を取り繕うフローラに、副会長である男子生徒―――ヘンディが避難がましくつっこむ。
「いいじゃんBLの受け。女の子からも人気あるよ?男がエッッッな本漁るように、女の子はBLをバイブルとしてるんだからさ、ねえフローラ」
「そこで私に振るのやめてください」
とんでもないキラーパスがきた。
「突如降って湧いた副会長後ろ開発されている説。学園の俺様系男子はこぞって副会長を口説き、あるいは尻を狙い、いつしか校内には薔薇が咲き乱れるのだった……」
「変な設定加えんな!モノローグ流すな!」
「性癖は好き好きですが、TPOは弁えてくださいね?」
「会長まで!」
「ちなみに『咲き乱れる』は『淫れる』とダブルミーニングね」
「やかましいわ!」
しかし、現実はヘンディに厳しかった。
ザワザワ……
「副会長…まじ?」
「真面目そうな人だと思ってたのに……」
「意外な一面……」
「ち、ちがっ!」
二人がガチっぽく話すから、すっかり副会長は受けという空気が全校生徒に醸成されていた。このままでは本当に明日からガチムチな俺様系に口説かれてしまう。
「違うんだ!俺は、俺はああああ!」
それは、追い込まれた人間に稀に見られる、突飛で冷静さを欠いた咆哮。
「本当はスレンダーな女の子が好きなんだああああ!」
シーン……
会場が嘘のように静まり返ってしまった。
「あ……」
やらかした。そう気づくのに時間はいらなかった。
「わかる」
ぽん、とあやめが副会長の肩に手を置き、同士を見るような生ぬる〜い眼差しを向けた。
「いいよね、スラッとした女の子。いや世間ではちょっと肉付きがいい方が返って叡智みたいな風潮あるけどさ、あの細くてちょっと頼りない腰周りが逆に女の子らしくていいみたいな。むしろ引き締まってて健康的なのが叡智というか。わかるわかるよその気持ち」
「うるせえええええええ!!!!!」
拡声器がぶち壊れるほど叫んだ。
☆
会場の生徒の反応は様々だった。
外国人の編入を訝しむ者。
逆に興味津々な者。
気ままな振る舞いに苛立つ者。
むしろ面白がる者。
礼節のない田舎者だと侮蔑の視線を向ける者さえいた。
だが……とある少女は、そんな生徒たちとはまったく異質な視線を向ける。
興味でも、蔑視でもない。ただただ、驚愕。
その少女は―――
Wizard CLUB!!!〜前科三犯の侍、国も身分も捨てて剣術だけで魔術の世界にカチコミに行こうと思います〜 hy @hyt17
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