第16話 裏口入学とか言ったやつ、そこになおれ
「……ふむ」
少々小太りで、口元に髭を蓄えた初老の男性が手元の資料に目を通す。
男性の周囲には高級な調度品が並べられ、彼が座るソファひとつを取っても、庶民が目ん玉飛び出すレベルの金額を誇る。
部屋を見渡しても豪奢な内装が目を引くその一室があるのはエルドランド魔術学院。
エルドランド王国における魔術の最高教育機関だ。
数多くの著名な魔術師を排出し、王国最難関と呼ばれており、若き魔術師の憧れでもある、まさに聖地である。
初老の男性―――ジョセフは、このエルドランド魔術学院の学院長だ。
その真向かいに小テーブルを挟んで座り、淑女然とした微笑みを浮かべているのはフローラ。
このエルドランド魔術学院の生徒会長である。
「いかがでしょうか、学園長」
静謐とした室内に、フローラの美しい声が響く。
ジョセフは学院長として、フローラのような秀才と呼べる生徒を誇らしく思っていた。
文武両道、才色兼備を体現し、一年生でありながら生徒会長にまで上り詰めた、学院切っての傑物。
彼女のような前途有望な若者が在籍しているという事実は、学院長としても鼻が高い。
そんな自慢の生徒の問いかけにジョセフは―――
「むりむりむりむりむりむりむり」
全身全霊の否を突きつけた。
もう頚椎がねじ切れんばかりに横に首を振った。ちょっと三半規管がおかしくなった。
「ふふ、学院長、あまり無理されるとお身体に障りますよ?」
「今まさに身体に障るような頭痛の種持ち込んだ君が言うかね!!!」
ジョセフは目をかっ開き、ばぁんと資料をテーブルに叩きつけた。
資料に記載されていた人物は、不知火あやめ。
先日エルドランド王国に渡来した、15歳のヒノモト人。
ヒノモトにいた頃の詳細は不明。逮捕歴あり。おまけに魔術は使えない。
「キミは自分が何を言ってるのか分かっているのかね!?」
「はい、不知火あやめをこの学院に編入させようと思います」
「夏季休暇の間に何があったんだねぇ!?」
ジョセフが天を仰いで発狂する。そりゃ品行方正、学生の模範となっていた生徒会長がいきなりこんな気の触れたこと言い出したら頭おかしくなりますわ。
「無理に決まってるであろう!?いやもはやどこから突っ込んでいいかもわからんけども!まず経歴!この者はヒノモトにいた頃何をしていたのだね!?」
「ここ数年は放蕩三昧だったみたいですね」
「この逮捕歴というのは!?」
「薬物取締法違反で捕まったみたいです」
「魔術が使えないというのは!?」
「そのままの意味ですね」
「社会の底辺ではないかねキミィ!」
身も蓋もない言い方だが、ジョセフにはこれ以外の表現が思いつかなかった。
「ふふ、面白いでしょう?」
「何も面白くないんだが!?」
ジョセフが乱心している様を、フローラは変わらぬ聖女の笑みで眺めている。
「……フローラ君。確かにキミの生徒会長としての実績は素晴らしい。そんなキミが推薦する人物……余程のことでない限りは私もとやかく言うつもりはなかった。しかしねえ……」
ジョセフは資料を流し見て、盛大にため息を着く。
「これはいくら何でも無謀なのではないかね。こんなどこの馬の骨以下の人物を、栄えあるエルドランド魔術学院に在籍させるなど。キミが必死に守り抜いてきた『学院の品位』に傷が着くよ」
「ですが、制度上の問題はありませんよね?」
フローラはジョセフの物言いにも表情ひとつ変えない。
「学院規則には『生徒会長の推薦を持つ編入希望者の優遇措置』が謳われていますし、近年、我が学院では留学生の積極的支援を名目に『留学生支援制度』も整えています。これらを併用すれば規則上、不知火あやめの入学は問題ない……」
「魔術が使えないのは大問題だよキミ!」
ジョセフが勢いよく意義を唱えるが……。
「ふふ、生徒会長の推薦の条項に、編入生の魔術の使用が必須とは記載されていませんよ?」
「それは大前提というか、暗黙の掟であろうが!」
「学院長」
フローラの凛とした声に、ジョセフははっとさせられる。
フローラは真っ直ぐ、真剣な瞳でジョセフを見据えた。
「確かに魔術師への開眼や訓練は、幼い頃からされている方が良いに越したことはない。しかし、近年では15歳以降の魔術修得者であっても、優秀な人材が排出されることは珍しくありません。我が校も古き価値観を見直し、より良い人材の育成に資することが求められています。不知火あやめは、その試金石になるのではないでしょうか」
「……いや、しかしねえ……」
フローラの真剣な言葉に気圧されるが、ジョセフもさすがに「はいそうですか」と言えるはずもない。
「魔術云々もそうだが……素行が悪すぎるよ。ここ数年目を引く実績もない。それどころか逮捕歴まである。この歳で普通ありえんよ?」
「ああ、すみません。そこに関しては少々情報が不足しておりまして」
「?というと」
「麻薬取締法違反と、不法入国罪も罪状にありましたね」
「これ以上悪くなる余地があったのかね!?」
何かしらのフォローかと思いきや、まさかの余罪を提示され、ジョセフは目を剥くしかない。
「そんな魔術師どころか犯罪者そのものを学院に入れるわけにいかないだろう!?何かあったら責任問題だよキミ!」
「問題ありません。私がしっかり手綱を握っておきますから」
「そういう問題ではなくてね!?そもそも問題が起こることを危惧しなきゃいかん人物自体入れたくないわけで!……ぜえ、ぜえ」
ここまでの怒涛の突っ込みに、ジョセフはさすがに息切れを起こした。繰り返すがジョセフ初老の男性なのだ。そろそろ無理もきかないのだ。
ジョセフは気を取り直そうと紅茶に口をつけると……学院長らしい毅然とした態度で言った。
「フローラ君。この案件、確かに制度上は編入可能かもしれん。だがこの者が学院に相応しくない人物であることは、資料を見れば明らか。学院の上層部や古参の教授陣だって黙っていないだろう。もっと言えば学院内でのキミの立場も危うくなるかもしれん。何かあった時……キミはどう考えている?」
ジョセフが鋭い視線を向ける。
学院長として、ジョセフは学院を守る立場にある。無論、何かあれば責任を負う覚悟もできている。
ジョセフは暗に、フローラに覚悟を問うているのだ。
「はい、分かっております。学院長」
フローラが、そんなジョセフの視線に臆することなく言ってのける。
「もし何かあれば、私がすべての責任を取ります」
「ッ!」
ジョセフがフローラに見たのは、不退転の決意と覚悟。そして……揺るがぬ意思。
ジョセフはフローラを生徒としてきちんと見続けてきた。だが、フローラがここまでの覚悟で無茶を通そうとする姿を見たのは初めてであった。故に、余計に驚いていたのだ。
「それに……実績がないから上層部に口実を与えてしまうというのなら、作れば良いのです」
「作る、と?」
「ええ。不知火あやめは必ず、私たちの予想を遥かに超えてきます。ならば実績も後から必然的に着いてくる。必ず、この学院に新しい風を吹き込んでくれることでしょう」
もはや、それは期待ではなく、確信。
ジョセフもその言葉を聞き、やれやれと肩を竦めながらも頷く。
「キミがそこまで言うなら……わかった。私もキミを推そう。私も、キミをそこまで言わせる不知火あやめに興味が湧いた」
「ふふっ。学院長もきっと気に入ると思いますよ?」
この瞬間、あやめのエルドランド魔術学院への入学は決定的となったのだ。
「一つ、無粋な質問をいいかね?」
「はい、どうぞ」
フローラが資料を整理しながら応じる。
「キミにとって不知火あやめとは、何だね?キミがここまで入れ込むなんて、余程のことだろう?」
「ふふ、邪推はよくありませんよ、学院長」
フローラはなおも柔和に微笑み、言った。
「友達ですよ。私の一番大切な、ね」
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