第15話 とりあえずのエピローグ
外に出ると、宝石をばら蒔いたような夜空が広がっていた。
すべて終わった後、三人はフラフラになりながら帰路に着き、戻ってくるやいなや泥のように眠った。
そして起きた時には……既に夜の帳は降りていた。
キセルをくわえ、煙を潜らせる。まだ幼さが残る顔立ちでありながらその雰囲気はどこか大人びていて……随分と絵になっていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「いや夜じゃん」
冗談めかして言うフローラに、肩をすくめる。
「レイナさんは?」
「まだ眠ってます。よほどお疲れのようでしたから」
「まあ、あれだけ怖い思いをしたらねえ」
そう言うと、ふうと白い息を吐いた。
「……あやめ、本当にありがとうございました」
フローラは、深々と頭を下げる。
「いや頭上げてよ。なんかわかんないけどこの絵面見られたら殺されそうな気がする」
「ふふ、確かに私の実家は国の中枢を担う貴族ですが―――」
「みなまで言うな!これ不敬罪で連れてかれるパターンのやつ!」
素早く両耳を塞ぐあやめの姿を見てくすくすと笑うフローラ。
「てゆーかさ、いちいち改まったお礼とかいらないでしょ。レイナさんは私にとっても大事な人だし、友達を助けるのは普通だし。サラッと『サンキュ』って言っときゃいいの」
手をぱたぱた振りながら、あっさりとそう言うあやめ。
「ふふ……そう、ですね」
そんなあやめに、フローラは胸の奥がじんわり温かくなる感覚を覚える。
「……あやめ」
「んー?」
フローラが夜空を見上げながら話しかける。
「以前、言っていましたよね。どうして私がここで働いているのか」
「ああ、そんなことも聞いたっけ」
「……私はここに来る前、大切な友達を守れずに、失ってしまうということがありました」
「……」
フローラのそんな懺悔のような独白に、静かに耳を傾ける。
「私は、強くなりたいと願いました。一人でも大切なものを守れるくらい、強く。ですがそれは、家に守られ、必要なものを与えられ、自分の行く道すら他人がレールを敷く……そんな環境では手に入りません」
何か悟ったような、そんな表情で、なおもフローラは続けた。
「例えば、名家の娘は、生まれた時から人生が確定しています。良い教育を受け、良い学院に通い、立派な魔術師となって、家を継ぐ。社会的地位、役職、仕事、伴侶、やるべきことすべてが決められている。もちろん、貴族として生まれ、人より多くのものを与えられたからこそ、その分果たさねばならない使命があることは理解しています」
そこまで言ってフローラは目を伏せた。
「ですが本来、社会的地位も仕事も、人から与えられるものではありません。私が理想とする魔術師とは、与えられるのではなく、己が願う結果を、未来を、他でもない自分自身の力で手にするものです」
その考えは、以前貞盛が言っていた侍の定義に通ずるものがあった。
もし侍が『定められた運命に抗う者』なのだとすれば、さしずめ魔術師とは『願った運命を引き寄せる者』なのだろう。
「もしこれから先、他人から与えられたものに囲まれて生きていたとしても……おそらく私は本当の意味で何者にもなれないでしょう。それではだめなんです。それでは、誰も守ることはできない。私は……真の意味で魔術師になりたいのです」
フローラは静かに、だがどこか確かな決意を秘めた瞳で言葉を紡いだ。
その様はまるで宝石のように美しく、触れることすら躊躇われるほど神聖で…フローラの容姿だけではない神々しさを感じさせた。
「それで、家を出たと」
「はい、些細なことかもしれませんが、まずは自分のできるところから、と思いまして。自分の衣食住すら家に頼っているようでは、説得力がないでしょう?」
フローラは些細なこととは言うが、実際にそれを為すことは容易ではない。というかフローラの年代のほとんどはそれらを親に頼っているし、大人びているとはいえフローラはまだ子どもだ。故に最低限の衣食住を与えるのはは親の義務のようなもので、その保護下にあったとしても説得力がなくなるわけではない。
それでも現状に甘んじるのではなく、何かを変えようと行動するところにフローラの完璧主義な一面が見られた。
「がっかりさせてしまいましたか?」
「?なんで?」
「ふふ、だって貴族が庶民のように働くだなんて、もっと大仰な理由を想像したのではないですか?それなのにこんな理由。まるで反抗期を迎えてムキになっている子どもみたいではないですか」
フローラが少し自嘲じみたように笑った。
「ぜーんぜん」
だが、対してあやめはあっけらかんと答える。
「理由なんて結局添え物みたいなもんじゃん。飾りつけに必死になるより、一歩でも踏み出そうと努力できる人を、私は尊敬するよ」
「あ……」
ふぅーと、あやめはまた煙を吐き出す。フローラはただ目を瞬かせ……やがていつものように穏やかに微笑んだ。
今まで、フローラはその能力や成果を褒められたことはあっても、自分の努力や覚悟をちゃんと誰も見てくれなかった。
初めて、誰かに自分自身を認めて貰えた……そんな気がした。
「あやめは、どうしてこの国に来たんですか?」
「私のは前も話したじゃん」
「前も言いましたが、あれは建前でしょう?私も貴方の疑問に答えたのですから、あやめも答えてください」
「ええ〜、何その理不尽な感じのやつ」
「ふふ、友達のことをもっと知りたいのも普通でしょう?」
いたずらっぽく笑うフローラに嫌そ〜にため息を吐くあやめ。
「別に私だって大した理由があるわけじゃないし。ただ……」
「ただ?」
「私の国はさ、昔から武家がずーっと国を治めてたんだ。だから古くから、侍は弱きを守り、秩序を守り、国を守ることができる誇り高い身分みたいに扱われてさ。武家の子は侍の道徳が絶対で、それを遵守して立派な侍になることが良しとされてきた。でも十年前、朝廷軍が武家政権を打倒してからは、そんな常識は簡単に変わっちゃった」
「……」
今度はフローラが、静かにあやめの話に耳を傾けた。
「身分とか古い価値観とか、目まぐるしく変わる世界でそんなものにしがみついてたら、すぐ取り残される。それじゃ大事なものは守れない。だったら、身分を捨ててでも、何を捨てても、自分が変わるしかないでしょ。そのために、自分から一番遠くて、世界の変化の中心にある魔術が栄えた国に来た……。理由はそれだけだよ」
「……ふふ、あやめらしい理由ですね」
「そうかなあ」
微妙に納得いってないあやめに、フローラは言った。
「はい。生まれながらの身分にも、古い価値観にも、何にも縛られることない、そんなあやめの自由な人間性が出ています。自由に生きようとするのは、簡単にできることではありません。その強さが、ちょっと羨ましいです」
あやめは、なんだかくすぐったくなって、思わず視線を外す。
そんなあやめに、フローラはある提案を持ちかけた。
「あやめ、もし良かったら……私の通う学園に来ませんか?」
「フローラの学校?」
「はい。あやめが魔術によって自分を変えたいというのなら、私の学園で学ぶことはきっとプラスになると思います。どうですか?」
「いや、フローラが通う学園ってどこか知らんけど、入学条件かなり厳しいんじゃないの?魔術が使えない私が入れるとこじゃないでしょ」
「ふふ、そこは問題ありません。私、実は学園の生徒会長を務めていまして、私の推薦があればどうとでもできます」
「生徒会長ってそんな権限あるもんなん……?」
「エルドランド魔術学院は生徒の自治を重んじていますから。まあ大半は私が生徒会長になって勝ち取ったものですが」
「しれっと有能感出すな。……え?今エルドランドって言った?」
「はい、私の通う学園はエルドランド魔術学院……この国トップの魔術教育機関です」
さすがに情報量多すぎてついていけれないあやめ。
考えるのを放棄して全然関係ないことに思いを馳せる。
「あやめ?話聞いてますか?」
「ごめんちょっと処理落ちしかけてた」
なんとか頭の中を整理して、冷静に思考を巡らす。
とはいえ、友達がこう言ってくれているのだ。もう答えは決まっていた。
「行くよ、私。エルドランド魔術学院に。こんな面白い話乗らなきゃ損でしょ」
「ふふ、良かった。あやめならきっとそう言ってくれると思ってました」
ぱあっと、花が咲いたように表情を明るくする。
そんなフローラをみて、あやめも表情を綻ばせた。
「(まあ、こういうオチは想像してなかったけど……)」
キセルの葉を落とし、ふっと夜空を見上げる。
「(思ったより、楽しくなりそうじゃん)」
そんなことを考えながら、これから待ち受ける日々に思いを馳せるのだった―――
「ああ、ところであやめ」
「ん?」
「あやめは年齢的に一学年になりますが……今から編入となると、一学期分勉強が遅れた状態でスタートすることになります」
「ああ、そういえば今は夏季休暇って言ってたっけ」
「はい。エルドランド魔術学院でその遅れは致命的です。なので今日から編入まで、私が付きっきりで勉強を教えてあげますから、頑張りましょうね?」
「……」
にこやかに、そんな死刑宣告じみたことを言うフローラ。
あやめは直感で悟る。これ地獄を見るやつや。
……………………………………。
シュダッ!!!←全力で逃げを試みるあやめ
グワシッ!!!←首根っこ掴むフローラ
「……逃がしませんから、覚悟していてください♪」
「いやあああああああああ!!!!!」
こうして。
あやめたちの学園生活が、始まろうとしていたのだった―――――
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