第14話 Daylight
「……実に面白い」
ハイムリヒとゴーレムが、じりっ……とにじり寄る。
「もしお二人がこの状況をひっくり返せるのなら……私、是非とも見てみたいですねえ。こう見えて私、そういう類の見世物が大好物でして」
先程あやめが見せた異常現象で動揺した姿は既になく、まるでこの不測の事態を心から楽しみ、エンターテインメントを見る観衆のような様子すらある。
「……では、先手はこちらから」
ハイムリヒが合図すると、ゴーレムたちが津波のように一斉に襲いかかる。
「フローラ!」
あやめが叫ぶと、フローラはゴーレムたちから背を向け、全身に魔力を漲らせる。
身体強化を施し、まるで閃光のように真っ直ぐに駆けた。
あやめも素早く、それに追随する。
「させません」
ゴーレムたちが、無防備なフローラに襲いかかるが……。
斬!斬!斬!
あやめが即座にゴーレムを斬り捨てる。
そのまま、上階へ繋がる階段に到達。
フローラはスピードを落とさず階段を駆け上がり、一方あやめは階段の手前で止まると、フローラが上りきったのを確認し……。
ズバンッ!!!
目にも止まらぬ一閃。
次の瞬間、階段の上り口がガラガラと崩落し、瞬く間に通路を塞いでしまう。
あやめはそれを背に、大量のゴーレムたちに対峙する。
「やれやれ、逃げられましたか。見事な連携ですねえ。しかし……」
ちらり、とハイムリヒが懐中時計をみやる。
「おそらく間に合いません。魔術起動まで、時間にしておよそ十分程度。儀式の魔術式は非常に複雑で、今から祭壇に向かって解呪するとなるとギリギリでしょう。まあ万一に備えて一応追わせて頂きますが……そんな解呪できるかも分からない、分の悪い賭けになるにも関わらず、この数を相手にするつもりですか?……下手すれば無駄死にですよ」
ハイムリヒが淡々と事実を突きつけ、降伏を促そうとする。
「二百対一」
「……?」
だが、あやめの目からその闘志が消える様子は微塵もない。
「一度に相手取った最高記録。たった百体の人形なら……イージーだよ」
「……!」
「それに、フローラなら必ずやってくれる。私は信じてここを守るだけ」
「はは、それは盲信ではないですか?」
「まさか。ただの確信だよ」
あやめが笑いながらそんな言葉遊びを返す。
「だって、友達を信じるのは当たり前でしょ」
そんな、スレた大人から綺麗事だと唾棄されるような言葉。
だがそれは、小難しく、小賢しい大人が忘れ去った、ある種の真理。
「……素晴らしい……!」
仮面で表情が読み取れないにも関わらず、ハイムリヒが感動に打ち震えていることが見て取れた。
「たった一人でこの数に立ち向かう精神力、確かに揺るがぬ意思……!ああ、どうか、私に新たな世界を見せてください……!」
ハイムリヒの合図とともに、ゴーレムが一斉に襲いかかってきた―――!
☆
「(これが……)」
フローラが対峙していたのは、立っているだけで気が触れそうなほどの禍々しい魔力を放ち、魔法陣とともに妖しい光を放つ祭壇。
異質な魔力に当てられそうなのを何とか堪えながら、解析を始める。
「(……分かってはいましたが、なんて複雑な魔術式……!今から解呪するのは危険な賭けになる……!)」
フローラが内心冷や汗をかく。
「(……ですが)」
フローラが魔力を漲らせると、手のひらにあるものが顕現する。
ガリレオ温度計だ。
「(私の『絶対零度』であれば、間に合う……いや、間に合わせる!)」
『絶対零度』
それは特定の魔力の粒子運動を止め、魔術を封印する魔術。
発動にはいくつか条件がある。
その一、封印したい魔力をガリレオ温度計で解析すること。魔力は指紋のように、一人一人が発する波長や粒子運動が異なる。封印は解析完了した魔力による魔術のみを封印するものである。また封印には、その魔力そのもの、もしくは残滓が付着したものを使って解析する。
その二、解析には魔力の濃度や質によって異なる時間を要すること。ただし、封印したい魔力を直接解析したり、魔術師自身が同時に魔力の解析を行えば、大幅に時間を短縮できる。
他にもいくつか条件はあるが、主な条件がこの辺りだ。
現状、魔力は直接解析できるし、あやめが露払いをしてくれているおかげでフローラ自身が解析に加わることができる。
「(これなら……通常の解呪より短時間で封印できる!)」
そうして、フローラは全神経を注ぎ、解析を始めるのだった。
☆
足が竦むほどの無数のゴーレムが雪崩込む。
ゴーレムが巨体を揺らして拳を振り上げるが、一瞬で懐に入ったあやめが真一文字に斬り捨てる。すかさず後ろから助走をつけたゴーレムが隙だらけの背中を狙うが。
ズバァ!
一瞥もくれずに刀を肩の上から真後ろに突き出し、即座に串刺しにする。
倒れ込んだゴーレムを蹴り飛ばし複雑のゴーレムたちのバランスを崩すと……。
斬!斬!斬!
その隙を見逃すはずもなく、三体のゴーレムを袈裟斬りで葬った。
「(想像以上……ですねえ)」
ハイムリヒは目の前の非魔術師に素直に驚嘆していた。
気づけば、あれだけいたゴーレムは既に半数を割っている。
「(卓越した戦闘力はもちろん、この方……)」
ハイムリヒが遠くから魔術狙撃であやめを狙おうと試みる。
ズドン!
発射された光の矢が、真っ直ぐあやめの頭部を撃ち抜かんと迫り来る。
しかし、あやめは即座にゴーレムの影に隠れると、光の矢はゴーレムにぶち当たる。
「(私が遠くから攻撃すれば、こうしてゴーレムを盾にする……。強力な魔術耐性を逆手に取ったうまい立ち回りです。とても戦い慣れしている)」
そうしているうちに、一つ、また一つとゴーレムは減っていく。
「(これはもしかすると、ですねえ)」
ハイムリヒはなぜか楽しそうに笑った。
☆
「(もう少し……!)」
祭壇の前では、フローラが魔力の解析を進めていた。
ここまで魔術式が複雑になると、解析も相当の集中力を要する。
タイムリミットもあり、フローラは魔力よりも精神が削られていく状況だ。
だが、その集中力は時間を追うごとにむしろ増していく。
「(……不思議です。いつもの私なら追っ手の存在や守るべきものを気にして、意識が散漫になるところなのに……今はむしろ、思考が澄んでいる)」
フローラの頬を汗が伝うが、その顔は穏やかだ。
「(……きっと、あやめがいてくれるから。あやめが一緒に戦ってくれるから)」
解析のスピードが一層早くなる。
「(知りませんでした。信頼できる人が傍にいてくれることが……こんなに温かいなんて。誰かが支えてくれるだけで、こんなに力が発揮できるなんて。今の私なら……どんな魔術でも止められる)」
時間は刻一刻と迫る。国の存亡をかけた、タイムリミット。
そして……その時が訪れる。
「……ふふ、終わりです」
フローラがお淑やかに笑った、その瞬間。
祭壇の妖しい光は、萎れるように急激に輝きを失う。
禍々しい魔力が嘘のように霧散していく。
フローラの固有魔術、『絶対零度』
今ここに、顕現する―――――
☆
「……終わりましたか」
ちょうど、あやめが最後のゴーレムを斬った時。
祭壇からの魔力が弱まるのを感じた。
「はは、完敗ですね。まさか私を超える人物が二人も現れるとは。しかもその一人は魔術師ですらない……世界は本当に広い」
敗北したにも関わらず、どこか満足そうにハイムリヒは笑う。
「よく言うよ、そっち全然全力出してなかったじゃん」
「おや、やはりバレてましたか」
ハイムリヒはおどけたように言って見せた。
「正確には、出せなかったと言うべきですね。儀式で大量の魔力を消費しましたし、あまり派手に暴れると祭壇が崩壊しますから。それに……」
ハイムリヒは、確信めいた言い方であやめを指す。
「全力でなかったのはお互い様でしょう?」
その言葉で、あやめはすっ……と目を細めた。
「まだ貴方には何かがある。私の経験則からくる直感です。いやあ実に面白い。任務は失敗ですが……とてもよい収穫をしました」
ハイムリヒはそのまま背を向け暗闇に溶け込むように消える。
「―――また、お会いしましょう」
そんな、意味深な言葉を残して去っていくのだった。
☆
「うへえ〜疲れたあ〜」
ハイムリヒが去った後、刀を放り投げその場で大の字に仰向けになる。
正直、百体のゴーレムの相手は普通にキツかった。自律的に動くだけの人形とは思えないほどの近接戦闘の練度。おそらく歴戦の猛者の動きをインプットして模倣させていたのだろう。何発かいいのを貰った。めちゃ痛い。
「ふふ、お疲れ様でした。あやめ」
「あ、フローラ」
穏やかに楚々と近づくフローラ見て、あやめは重たい身体を上半身のみ起こす。
「お疲れ」
あやめがそう短く言って……ぱんっと、お互い軽快にハイタッチを交わした。
長い夜がもうすぐ明ける。
暗闇を貫く一筋の陽光が、二人を照らした。
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