第13話 斬り開く

「あやめ!」

激戦を終え、あやめを追っていたフローラが小走りで駆け寄る。

広すぎてなんやかんや合流に手間取ったが、結局アレスとの戦闘でフロアがほぼ丸ごとがらんどうになった場所の内の一つで、ようやく落ち合ったのだった。

「お、フローラ。無事だったんだ」

フローラの服装はやや煤がかかっていたり一部焦げたところもあるが、大きな怪我はないようだ。

「はい、私は大丈夫です。それよりもあやめは……」

「私も問題ないよ。こっちの敵も片付けたし」

「……!あの魔術師を、一人で……ですか?」

さすがのフローラも驚愕に目を見開く。

驚くのも無理は無い。一流の魔術師ですら、倒すのは難しいと思われたアレスを、魔術師でもないあやめが一人で倒したというのだから。

「まーね、いえい。他の魔術師は何人残ってる?」

「……私が既に四人倒しました。おそらくもう残ってる敵はいないかと」

「まじ?さっすがフローラ。仕事はやーい」

いつものようにおどけて言ってみせるあやめを、まだにわかに信じられない目でフローラは見る。

「(確かに只者ではないと思っていましたが……ここまでとは……)」

そんなことを考えるフローラの顔を、あやめは不思議そうに覗き込む。

「ん?どしたん」

「……いえ、なんでもありません」

フローラは柔らかく微笑み言った。すると、ぽすん……とあやめの肩に軽く頭をぶつける。

「とにかく……無事でよかった……」

心の底から、安堵したように、フローラはそう呟く。

あやめはぽん、と優しくフローラの頭を撫でる。

「帰ろっか」

「ふふ、はい」

あやめが「お腹空いた〜」と腕をぐぐ〜と伸ばしながら言う。

長い戦いは、ようやく終わりを迎えたのだ。

そう、思っていた。

――――――ずうううううん!!!

「っ!」

「こ、これは……ッ!」

それは、言葉で表すなら『形容しがたい謎のプレッシャー』である。

まるで極寒の中に急に放り込まれたかのように走る悪寒。

急に重力が強くなったかのように身体にのしかかる圧力。

生理的嫌悪感をもたらすような謎の魔力の波動。

そんなおぞましいオーラが、上階を起点にこの建物を支配していた。

「一体……何が」

フローラが本能的な忌避感を抑えながら見上げようとしたとき。

ズガガガガッッッ!!!!!

数十メートル先で、天井が落ちた。

というより、上階からエネルギーの塊が天井を突き破って垂直に突き刺さっていった、と表現するのが近い。

相次ぐ異変に二人が身構える。

すると……。

―――カツン、カツン

静まり返った空間に、硬い足音が響く。

暗闇から姿を表したのは―――男だ。

黒の燕尾服、黒のネクタイという慇懃な服装、手には白く薄い手袋を、頭にはシルクハットを被っている。そんな場違いな格好をした男だが、そんなものより真っ先に目が行くのは……顔の面だ。

色は病人のように真っ白、だが目は薄く開かれ、口は弧を描き、不気味な薄笑いを浮かべる……そんな、気味が悪くなるお面を被っている。

どうやらこの男、上階から天井をぶち抜き、その穴を利用し最短距離でここまで来たらしい。

「……」

あやめが男を油断なく見据える。

「おやおや、これはまた可愛らしいお客様ですね。お二人ですか、あの男が言っていた侵入者、というのは」

不気味な見た目に反し、男は軽快に、おどけたような喋り方をしている。

「初めまして。私、革命軍『RE:WORLD』という反政府組織の幹部を務めております、ハイムリヒと申します。……以後お見知り置きを」

ハイムリヒは恭しく一礼してみせるが、その言葉を聞いたフローラは顔を強ばらせた。

「『RE:WORLD』……!」

「……なんそれ」

あやめが純粋な疑問を零す。

「……『RE:WORLD』は、国家転覆を目論むクーデター組織です。現王室や政治制度に不満を持ち、『革命と再生』を掲げて各地でテロ行為を働く魔術師集団……。彼らが関わった事件での死傷者は述べ数十万に登るといわれている、いわば王国に巣食う病巣です」

「へえ、つまりこいつが今回の首謀者ってことか」

「いえいえ、とんでもございません!」

ハイムリヒは大仰に手を振って否定してみせる。

「我々はいわば、彼らと業務提携を結んでいただけです。彼らの悪どい商売やお二人の知人を連れ去った件は、別段我々の指示という訳ではありませんとも」

「……業務提携、ねえ。あいつらをいいように利用して、一体何悪巧みしてたわけ?」

すっ……と仮面の奥の瞳が光った気がした。

「酷い言い様ですねえ、我々ら簡単な取引をしていただけです。彼ら、借金漬けにした市民を方々に売却していたでしょう?それを我々が相応の金額で一括購入していた、というだけです。後はまあ、たまに人材の斡旋をしていた程度ですか」

「……なるほど。あの手練の魔術師は、貴方の差し金だったのですね」

「めちゃくちゃ関係あるじゃん」

あやめがジト目でつっこむ。

「それは言いがかりというものです。我々はただ彼らから商品を買い、あるいは斡旋業で対価を頂いていたにすぎない。その金と人材で彼らがどこで何をしようが我々の感知するところではありません」

「包丁職人が売った包丁を、買主が人殺しに使おうが職人は知ったこっちゃないって?」

「その通りです。なかなか秀逸な例えですねえ」

ククク……と薄気味悪く笑うハイムリヒに、フローラは糾弾するように問う。

「……では、上階から発せられる禍々しい魔力の波動……これは貴方と無関係ではないでしょう?そして予想が正しければ……貴方方が買ったという債務者に関係している」

「ほう、やはり勘がよろしいようで」

ハイムリヒが感心したように頷く。

「上で行われているのは……儀式、です」

「儀式……」

「はい。ご存知の通り、魔術は等価交換の原則という絶対法則が存在します。魔術の出力を上げる方法としては、より多く質の良い魔力を支払う、発動条件をつくる、この辺りが常套手段ですが……最も低コストで、最大出力を生み出せる対価がある」

―――そこまで言った瞬間、空気がビリビリと揺れる。

その原因は……あやめから放たれた強い殺気。

「……人間の生命」

「エクセレント」

ハイムリヒがパチン、と指を鳴らす。

「計算上、我々が求める威力を出すために必要な人数はざっと百五十人弱。まあ個人の寿命や生命力で多少誤差はありますが……これまで買った商品に加え、先程三十を超える活きのいい生命が入荷しましてね。目標到達と相成ったわけです」

「三十……!まさか貴方は、彼らを……!」

「ええ。まあ構わないでしょう?彼らのような弱者の死体を食らうしか脳のない者も、借りたものすら返せない社会の底辺も、我々の創る新しい世には必要ありませんから」

ハイムリヒは冷淡に切り捨てた。

フローラは内心戦慄していた。

ここまで、あらゆる悪意を持った人間と対峙してきた。貴族として、多くの悪人を知り尽くしていた。

だが目の前の男は、これまで出会ってきたどんな悪人とも違う。

ただただ、純粋な狂気。

悪を正当化するでも、自覚しそれを快楽とするでもない。

己の思想も、それによってなされる行為も、合理的正義だと信じている。

己の信念に外れたものが悪である、そんなネジがぶっ飛んだ思考の持ち主だったのだ。

「まあ、彼らの悪行は少しは濯がれたでしょう。我々の計画の糧となり、おまけにこんな上質な祭壇を提供してくれた。ご存知ですか?生命を対価にした魔術的儀式は、人死が多く出た穢れた場所と親和性が高い。ここは過去、鉱毒事故で多くの死傷者を出した……祭壇としては申し分ない」

滔々と、己の歪んだ正義を語るハイムリヒ。

「……こんな大掛かりな儀式で、一体何をしようというのですか」

「はは、もう何となく勘づいているでしょう。儀式によって生み出されたエネルギーは、とある場所に放出されるよう設定しています」

そう言うと、すっ……ととある方角を指さした。

「狙いは……王都、ウォーシュ」

「「ッ!!!」」

二人の間に、緊張が走る。

「この威力なら、範囲でいえば第一地区はもちろん、第三地区までは焼け野原になりますかねえ」

底冷えするような冷笑を浮かべ、最悪の宣告を下す。

あやめはフローラに小声で問うた。

「……フローラ。その儀式って今から解呪できる?」

「……これほどの規模であれば、魔術式の完成から起動までに多少のタイムラグはあるはずです。今から行けば……それでもギリギリかと」

ハイムリヒの話から儀式で生み出されるエネルギーを逆算し、解呪所要時間を素早く概算する。

「おやおや、もしや解呪をご検討されてますか?残念ですが……」

瞬間。ハイムリヒの周囲に数多の魔法陣が展開される。

「それはできない相談です」

そこから現れたのは……ゴーレムと思しきものだ。フローラが作戦当初に放ったものとは訳が違う。屈強な外見と異質な魔力を放っている。

「儀式による異質な魔力を感じれば、貴方たちは迷わず発生源へ赴くでしょう。私はその足止めに来た、というわけです」

その数……脅威の百体越え。

「くっ!」

フローラが素早く無数の氷の槍でゴーレムを仕留めにかかる。

ズドドドトドドッ!!!

オーバーキルとも思える無数の氷槍が、ゴーレムに突き刺さる。

通常なら串刺し、最低でも氷結で行動不能にはできるであろうフローラの魔術。

だが……ゴーレムは無傷。

「……なっ!」

「驚いていただけましたか?」

ハイムリヒが両手を広げ、自慢げに語る。

「私、実は錬金術を得意としておりまして。こちらのゴーレムは、その最高傑作です。ご覧の通り、すべてのゴーレムには、強力な魔術耐性を付呪しております。……ああ、言わんとしていることはわかりますよ。魔術耐性が強力すぎる、というのでしょう?」

そう。魔術師が召喚するゴーレムや式神に、魔術耐性を付与するのは一部例外を除けば珍しいことじゃない。

とはいえ、魔術耐性も万能ではない。その強度を超える魔術を受ければ貫通されるし、特に自律的に動くゴーレムには、アレスのように魔力によって具現化し、操作するような樹木ほど強力な魔術耐性を付呪できない。

「無論、少し仕掛けを施してあります。このゴーレム、実は物理耐性をまったく付呪していない。その分だけ魔術耐性を底上げしているのです。ただそうなれば、魔術師と違って己の身体で魔力を生み出せないゴーレムは単純な物理攻撃で押し切られる。ですが……」

コンコン、とハイムリヒはゴーレムの装甲を軽く小突く。

「ゴーレムに使われる材質は、私の錬金術で生み出したオリハルコンを使用している。要するに物理耐性を付呪しなくとも、破壊は不可能。私の専門と、等価交換の原則を利用した完璧な仕事でしょう?」

ゴーレムたちが、ジリジリとあやめたちを追い詰めようとする。

「さて、解説は以上です。お二人には王都の破壊までここで大人しくして頂きます。貴方たちのような有望な人材を亡くすのは、世界の損失ですから……」

余裕たっぷりなハイムリヒに、フローラは歯噛みするしかない。

「(これは……厳しいですね。こちらの攻撃が通じないゴーレムが百体余り。この数を振り切るのは至難……!仮にできたとしても、大幅なタイムロスは必至……!)」

魔術が通じないゴーレムを相手取る、それは魔術師が魔術を封じられているに等しい。

皮肉にも、先の戦闘でのフローラとカリナの構図を真逆にしたものであった。

「(このままでは王国が……!私たちの大切な居場所が……!)」

絶望という毒が、じわりと回り始めた……。

その時だった。

斬っっっ!!!

あやめが、反応すらできない速度で抜刀。

そして次の瞬間……三体のゴーレムが縦に真っ二つとなって、崩れ落ちた。

「……は?」

さすがのハイムリヒも、唖然とする他ない。

一切の攻撃を通さない……そんな自慢のゴーレムが、一瞬で三体もガラクタと化したのだから。

「確かに強力なのかもしれないけど……物理耐性を抜いたのは悪手だね。ただ硬いだけの鉄なら、簡単に斬れる」

「……な……?斬った……?オリハルコンでできたゴーレムを……!?一体何をしたというのです……!?」

ここで初めて、ハイムリヒに動揺が生まれる。

「……フローラ、行け」

「!」

あやめは静かにフローラに告げる。

「お前の行く道は、私が斬り開く。お前の背中は、私が守る。だから……行け」

放たれたのは、そんな力強い言葉。

強がりじゃない。悲観もない。ただ、フローラなら、あの儀式を何とかしてくれるという信頼、そしてその背中を守るために戦おうと刀を振るう決意が滲んでいた。

そんな言葉に不思議とフローラは安心感を覚え……。

「……はい」

フローラが、ふっと笑った。

「頼りにしてますよ?あやめ」

「私も、頼んだよ」

そう、互いに不敵に笑いあって。

二人の傑物は……国の命運をかけて巨悪に挑むのだった。

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