第6話 一人で生きていたならば

「敵の正体と居場所がわかりました」

「いや早すぎるて」

王都ウォーシュ第三地区『レイ』にて。

攫われた店主、レイナを救出するため、あやめとフローラが作戦会議を行っていた。

「私の伝手で警備隊から情報を流していただきました。敵は第五地区を根城とするかなり悪徳な金融組織だそうです。金利や取立ても真っ黒、しかも返済不能になった債務者を攫って自分たちの思い通りに操る……。警備隊もマークしていたそうですが、なかなか手が出せなかったみたいです」

「伝手で警備隊って何」

フローラがすっごい真面目に話をしているのに、もう色々気になって仕方がないあやめさん。そしてめちゃめちゃ気になることがもう一つ。

「ていうか、なんでアンタがここにいるわけ?」

そう言ってあやめがジト目を向けた先にいたのは……いつぞやにあやめを麻薬取締法違反でしょっぴいて、その後あやめを釈放した警備員だった。

「久々だな、あれから悪いことはしてなかったか」

「あれからも何も私は常に何にもしてないんだけど」

警備員(ついさっき知ったがデイラというらしい)が愉快そうに笑った。

「あら、お二人はお知り合いだったのですか?」

「ちょっと取り調べと牢屋で縁があってさ」

「できれば一生できてほしくない縁なんだがなあ」

デイラが呆れてツッコむ。正直ごもっともだった。

「ふふ、でしたら話が早いですね。今回デイラさんには情報提供とアドバイザーとして来ていただきました。それを踏まえて作戦立案をしていきますね」

では、話を戻します、と前置きし、フローラは考察を続けた。

「敵の居場所と手口は割り出しましたが、肝心の証拠が押さえられませんでした。証拠がない以上、公的機関を動かすことはできません。ですので、こちらでレイナさんを助け出すしかありません」

「まあ、どの道悠長に法的処置をとってる時間もないしね。そうしてるうちにレイナさんに何かあったらまずいし」

「はい、できれば敵の根拠地に乗り込んだ際、証拠も一緒に抑えられればベストですが…」

あやめはそう話すフローラの有能具合にドン引きしていた。

最初は、フローラの家の権力によって方々の機関と懇意にしてるのかと思いきや、どうやら個人的に伝手があるようだった。あやめは静かにコイツだけは怒らすまい、と心に誓った。

「それならとっとと行ってレイナさん連れて帰ろう。フローラがいれば楽勝でしょ」

「……それがそう簡単にはいかないのです」

フローラがため息をつく。どうやらここからが本題っぽい。

「敵はどうやら……複数の魔術師を雇っているようなのです」

「まじか」

あやめが驚く。ただの金融業者が魔術師を雇うというのは正直予想外だった。

デイラがやれやれと肩をすくめて口を挟む。

「ああいった界隈にはよくある話だ。不祥事によって解雇された魔術師を、アングラな組織が高額で雇う。ここまで我々が手出しできなかったのもそれが原因だ。情けないことだがな」

「なんか思ったより面倒な話になりそうだねえ」

あやめがやれやれと背もたれに体重を預ける。口にくわえたキセルを離し、ふうと息を吐き出した。

「はい。ですので正面突破は避けて裏口から侵入します。まず、正面玄関に私が魔力を込めたゴーレムを使って魔術師たちを陽動、その間に手薄になった裏口から侵入。最短でレイナさんが監禁されている場所に向かい、見つけ次第保護します」

「レイナさんが捕まってる場所はどうやって特定するのさ。現地でしらみつぶしに探すのはさすがにリスク高いでしょ」

「その点は問題ありません。事前に私が使い魔を放って偵察に向かわせます。場所を特定次第、作戦を決行します」

「魔術師ってほんと便利な技使うよなあ」

あやめがほへーと感心していた。

「ちなみになんでゴーレムなんか持ってるの、あれそこそこするらしいじゃん」

「私の伝手で安価に譲っていただきました」

「もうつっこむのやめるわ」

もうそういうもんなんだと思考を放棄する。

「まあそういうことなら、私が二人の露払いをしつつ、余計な戦闘は避ける形で……」

「……あやめ」

フローラが神妙な顔で口を開く。

「あやめは……ここに残ってください」

はっきりとそう告げる。その表情は普段の柔和な笑顔は鳴りを顰め、重苦しい雰囲気が伝わってくる。

「なんで?さすがにフローラ一人じゃきついでしょ」

そう。フローラは魔術師としては非常に優秀ではあるが、相手が複数人いる以上一人でできることには限界がある。魔術戦において、相手が複数であればこちらも複数で戦う。それが大原則だ。

レイナの生存率をあげる意味でも本来なら人手はあるに越したことはないのだが……。

「今回の相手はただの裏社会の人間ではありません。魔術師を、それも複数雇っているとなると、魔術師でないあやめが行くのは危険すぎます」

「それ言ったらフローラ一人で乗り込むのだって危険でしょ」

あやめが即座に異議を唱える。

「それに相手は魔術師ばかりじゃない、むしろそれより多くの非魔術師の戦闘員がレイナさんの周りを囲んでる。この状況でレイナさんを無傷で助けることができる?広範囲の攻撃魔術で一層したらレイナさんを巻き込むし、かといって一人一人ちまちま潰してたらレイナさん人質に取られて詰み。この作戦はいかにレイナさんを素早く保護できるかにかかってんだよ。露払い役は必須。私この手の多対一は得意だし、非魔術師相手なら相手しても危険じゃない、違う?」

「……確かに人手は欲しいですが、それなら救出にも何体かゴーレムを回せば…」

「魔術師の揺動に使うなら、あんまし救出サイドに数割けないんじゃない?陽動側があっさりやられて魔術師が持ち場に戻ってきたら意味ないでしょ。そもそもレイナさんの生存率を上げるために魔術師から引き離して無用な戦闘を回避するのが陽動の目的なんだから、そこ妥協したら意味無いじゃん」

「それは……」

フローラが口元に手を当てて思案する。

あやめの言うことは正論だ。フローラなら非魔術師など相手にもならないが、レイナは普通の女性。こちらが戦闘員を全滅させるが早いか、向こうがレイナに危害を加えるが早いか。そんなの考えるまでもない。しかも下手に魔術を放てば流れ弾がレイナに被弾する恐れもある。

しかし……

「……だめです。やはりあやめは連れて行けません」

「いやいや〜、なんでそうなる」

「もし魔術師と鉢合わせてしまったら……間違いなく殺されるからです」

重々しい口調ではっきりと告げる。それは決してあやめが弱いとか、そう言った次元で話をしているわけではない。純然たる事実として、そう告げたのだ。

「魔術師と非魔術師の間には、隔絶とした差が存在します。強力な攻撃魔術ももちろんですが何より……」

そういうと、フローラはおもむろにペンを取り出して逆手に持つ。そのまま……テーブルにペタンと置いた手の甲に、とてつもない勢いで振り下ろした。

本来であれば、ペンはフローラの白い手に突き刺さり、血は吹き出し、見るも無惨な状況になっているはずだった。

しかし、ペンはフローラに刺さるどころか、先があらぬ方向にひん曲がっている。その曲がり方は、まるでとんでもなく硬い何かに勢いよくぶつかったかのようだ。

対して、フローラの手は信じられないことに無傷だった。

「魔術師の定義をお話ししておきますね」

そう言うとフローラは淡々と説明を始めた。

「魔術とは、魔力を熱エネルギー、電気エネルギーといった様々なエネルギーに変換したり、魔力を動力に様々な事象を引き起こすことを指します」

途端、フローラの雰囲気が一変する。

フローラから発せられた有無を言わせない圧迫感が周囲を支配する。テーブルはまるで恐怖に支配されたかのようにカタカタと小さく震え、置かれていたメモ帳やグラスがそのオーラに気圧されて吹き飛びそうだ。

あやめ自身も、フローラから発せられた強力な魔力に圧迫される。その魔力量はフローラの年齢を考えれば信じられないほどの膨大なものであり、かつ魔力濃度も非常高い。それだけでフローラが学生離れした魔術師であることは素人目にも明白だった。

「魔力は身体の中央に存在する丹田という部位で練り上げ、そこを起点に身体中を巡ります。魔術師は普段からこの魔力が身体を覆っている状態のため、通常の武器では傷一つつけることができません。魔術師を倒すには、魔術、もしくは魔力を込めた武器でなければなりません」

すると、先ほどまで発せられていたフローラからの圧迫感が霧のように霧散する。

フローラが魔力を解いたのだ。

「そして、相手の魔術師は、おそらくかなりの手練れであることが予想できます」

「そうなの?こーいう小狡い商人が雇う用心棒って、小説とかだとだいたい三下みたいな感じじゃん。少なくともフローラみたいな強い奴が苦戦するようなのが出てくるとか想像つかないんだけど」

「残念だがその可能性は限りなく低いだろうな」

あやめの推測を、デイラがはっきり否定する。

「今回の相手のように黒に近いグレーの組織が雇うとなれば、戦闘に長け、荒事になれた魔術師だ。もちろん独学で魔術を修めた魔術師を安価に雇っているケースもあるにはあるんだが……、闇金融をやるだけの資金力がある組織は大概、不祥事によって退役を余儀なくされた軍人、元・王室直属の魔術師団の所属者を雇っているケースが多い」

そう話すデイラは頭を抑えて苦い表情をしている。

「王室直属の魔術師団……ここ第三区の中でも高位ランクの学院卒業者のみが入団を許される掛け値なしの天才が集う組織。まあ入れば人生勝ち組、といったところだな。その雑兵ですら、ただの学生魔術師と隔絶とした差がある。正直こちらとしては、手を出すな、と強く言いたいくらいだ」

デイラは疲れた表情だった。

「どうしてそんな化け物連中が、せこい金貸しなんかの用心棒を?」

「さっきも言ったが、よくある話なんだ」

疑問を口にするあやめに、デイラが話を続ける。

「王室直属の魔術師団は、文字通りのエリート集団だ。そんな連中はプライドも高い。毎日のように出世争いで蹴落としあっている。そうした争いの中で、ありもしない不祥事をでっち上げられたり、もしくはスケープゴートにされたり……優秀な魔術師が無実の罪でクビを切られるケースは多々ある。そうやって社会的信頼を失って脱落した連中は公的な仕事に従事するのは難しい。自然、食い繋ぐために金払いが良くて出自を問わないアングラな連中に力を貸してしまうんだ」

これが、フローラがあやめを連れて行けない理由。

手練れの魔術師との戦いに非魔術師参加するなど、十中八九命を落としかねない馬鹿げた賭けだ。

故に、魔術師でもない人間を魔術師同士の戦いに連れて行くなどありえないことなのだ。

「国を守るための軍隊が内輪揉めねえ。折を見てこの国からも逃げよっかな」

あやめが今日何度目かもわからないため息をつく。

フローラは以前として、神妙な面持ちのままだ。いつものような穏やかな笑顔も、余裕な雰囲気さえも鳴りを潜めている。ただただ、レイナと、あやめのことを案じていた。

あやめはそんな重苦しい雰囲気を察し、明るく笑い飛ばそうと、いつも通りあっけらかんとした表情で、ケラケラと笑いながら答える。

「そんな心配しなくても大丈夫だって。これでも私、こーいうことには慣れてるんだよね。引き際を見誤るほどバカじゃないよ。それにフローラが思うほど私は弱くないから。だって……」

「あやめ」

あやめがそこから続きを言おうとした瞬間、フローラが言葉を差し挟む。その表情を見た瞬間……あのあやめですら、押し黙ることしかできなくなってしまった。

その顔は……ただひたすらの憂慮と苦渋。

「どうか、分かってください。こんな危険な戦いに、無関係なあやめを巻き込みたくないのです。あやめを……死なせたくないんです」

そう言ってフローラは頭を下げる。

「関係ないってことはないでしょ。私だってこの店の従業員だよ」

「……いえ、そもそも借金のことを知っていたのなら、私がしっかりしていればこんな自体にはならなかったのです。これは……私が責任を取るべきことなんです」

フローラはレイナが攫われたこと、そして借金に関して何もできなかった自分にも罪悪感を覚えていたのだ。

「(そう……これが正解なんです。こんな危険なことにあやめを巻き込めない……)」

フローラは心の中でそう俯く。

あの時と同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

このままあやめに頼って、あやめを死なせてしまったら……レンの時の二の舞になってしまう。

最悪二人とも死なせてしまうかもしれない。

だがあやめの言った通り、フローラ一人でレイナを無傷で救出するのもかなりハードルが高い。

自分の力及ばず、レイナを助けられない可能性だって十分ある。

「(もし……また守れなかったら……。またあの時と同じように……)」

不安、焦燥感……あらゆる負の感情が混濁し、責任感の強いフローラを押し潰そうとしていた。

だが、そんな精神的不安定な状態にも関わらず、フローラの表情からはそれが読み取れない。

状況が状況なだけに普段の柔和な笑顔は見られないが、それだけだ。一見普段のフローラと変わらない。

だがそれは表に現れていないだけ。

黒い影は間違いなくフローラの中を巣喰っている。

そんなフローラの確かな異変に、誰も気づくことはない。

もしこの場にレイナがいたとしても、彼女がその異変に気づくことはできなかっただろう。

フローラの学校の人間も、教師も、両親でさえも。決して彼女の異変に気づくことはないだろう。

なぜならフローラは、これまで誰にも頼ることなく生きてきたから。

自身の比類なき才能、駆け引き、取り引き、交渉。それらを駆使し、あるいは周りの人間をコントロールし、自分の望んだ結果を力で引き寄せてきた。

そうやって決して弱い自分を見せることなく『絶対的な魔術師』を周囲に見せ続けてきた。

フローラがそんな生き方を選んだのは無理からなことだった。

貴族として生まれ、幼い頃から教育と称して魔術のみならず政治、経済……あらゆる世界の悪意の根本を叩き込まれてきたから。

騙し騙され、利用し利用される、打算や駆け引きばかりで安心した人間関係が望めない貴族社会の濁流の中で生きてきたから。

物心ついた頃から周りに『歴代トップの天才』と過度の期待を押し付けられてきたから。

そしてあの日、自分の弱さ故に大切なものを失ったから。

それらの積み重ねによって、今の彼女ができあがり……誰からも『本当のフローラ』が見えなくなってしまったのだ。

「……責任という話なら、むしろそれは我々にある」

デイラがここで重い口を開く。

「本来であれば、街の治安を預かる我々が真っ先に事に当たらねばならないのだ。いや……そもそも君たちの大切な人に危害が加わる前になんとかしなければならなかった。だが結局何もできず、それどころか民間人である君たちにこんな危険な真似をさせようとしている……。本当に不甲斐ないばかりだ」

デイラがその巨体を前に倒し、深々と頭を下げる。

「何もできないわけじゃないでしょ。現にこうやって情報流してくれるわけだし。それだけで十分だよ」

そう言うと、あやめはキセルをテーブルに置いて隣に座るフローラにずずっと近づく。

「フローラ」

「……はい」

フローラの表情は、以前変わらない。見かけ上は笑顔がない以外はいつも通りのフローラだ。

そのフローラにあやめが真正面から向かい合う。フローラの視線が、あやめの吸い込まれそうなほどまっすぐな瞳と交錯する。

そのまま少しずつ、少しずつ距離が近くなっていき……、あやめの両手が、優しくフローラの頬に触れる。

そしてそのまま…

ぎゅ〜〜〜〜〜

「ふえ?」

なぜかフローラの頬を引っ張った。フローラのもちもちとした柔らかい柔肌をこれでもかというほどびんよよよと引っ張った。

さすがのフローラも驚きの声を上げる。だが頬を引っ張られてるせいでちょっと間抜けな可愛らしい声が出る。多分フローラのこんな声聞けるのはもう二度とないかもしれない。

「あの……あやめ?何を……」

「だってむかついたから」

あやめがケラケラと笑う。その顔はいつも通りだ。いつもの飄々とした、楽しそうなあやめの姿だ。

なぜか急に、ここぞとばかりに煽り散らかされるフローラ。さすがにその真意を測りかねていた。

「フローラって、何で全部一人でやろうとするわけ?」

口にしたのは純粋な疑問。

「まあ、答えは何となくわかってるけどさ。フローラって人のこと信頼してないんでしょ。私も、レイナさんのことも」

「っ!」

フローラの目が驚きで見開かれる。

ぱっと、あやめの手から逃れた。

「……そんなことはありません。レイナさんも、あやめのことだってちゃんと信頼してます」

「ちゃうちゃう。フローラの言う『信頼』は厳密には『信用』に近いじゃん。でも『信頼』するってそういうことじゃないと思うんだよね」

「…何が言いたいんですか」

いまいち、あやめが何を言いたいのかわからない。

そんなフローラに、あやめはなおも続けた。

「フローラってさ、基本誰かに頼ったりしないんじゃない?それって、他人に何かを委ねることが怖いからでしょ。周りに期待してなくて、結局自分の力しか信じられなくて、だから誰にも頼らず全部自分で背負おうとする。それって信頼できないってことじゃん」

「そんなことは……」

「じゃあなんで真っ先に友達に頼らないのさ。二人いた方が助けられる確率が上がるなら素直に『助けてくれ』って言えばいいじゃん。確かに危険かもしれないけど、それはフローラだって同じでしょ。相手の危険度考えたら魔術使えるかどうかなんてもはや誤差じゃん。それをしないってことは、そもそも他人に頼ること自体抵抗あるからなんじゃない?」

「それは……」

「おまけにレイナさんが攫われたのだって自分のせいだって言い出して。これに関してはマジでしょうがないじゃん。フローラだってここまで借金がかさんでるって知らなかったわけだし。それならこんなことになるなんて分かるわけないし。誰のせいでもないことにいちいち責任感じてたらキリないよ」

「……それでも」

「一人で守ろうとして、全部一人で背負って。そういうの疲れるでしょ。たまには周りに頼りなって」

「それでも!」

フローラが、らしくもなく声を張り上げた。一瞬、時間が止まったようだった。

「それでも……私一人で守れれば、あやめを危険に晒さずすむじゃないですか」

「フローラ君……」

デイラが沈痛な面持ちで状況を見守る。

「あやめはわかっていません。一般人が魔術師を相手にするのがどんなに危険で無謀なことか。もしあやめを巻き込んで、死なせてしまったら……!なら私が……一人で助けに行けば、誰も死なせずに済むじゃないですか!」

まるで自傷行為のように、言葉を吐き出す。

また少女は一人になろうとする。

「確かにあやめの言うとおりです。私は今まで誰かに頼ることなく生きてきました。私一人ですべて片付けてしまえば、誰も傷付かないし迷惑もかからない。私はただ……誰にも傷ついて欲しくないんです。誰も巻き込みたくないんです。だから私は一人で戦う強さを身につけてきて……ずっと一人で戦ってきたんです」

それは少女が口にした紛れもない弱さ。

周りの人間がいなくなってしまうことへの恐怖心、そして自己犠牲という名前の弱さ。

まるでいつかの自分を罰するかのようにすべてを背負おうとする少女の背中は……ひどく小さく見えた。

「人に頼ることすらできないやつが強さ語を語るな」

あやめの言葉が、フローラに突き刺さる。別にあやめは責めてるわけでも、叱ってるわけでもない。その口調はまるで小さな子どもを諭すかのように慈愛に満ち、その瞳は凪のように穏やかだった。

「一人で一人でって言ってるけどさ、そもそも人間なんて、誰も一人じゃ生きられないんだよ。親、兄弟、友達、恋人、果ては年に数回会うくらいの店の店員……どんなに一人で生きているつもりでいても、知らず知らずのうちに誰かに支えられて、生かされてるんだよ。相手が強い弱いとか関係なくさ。その中で自分ができることは、受け取ったものをほんの少しでも返せるよう、誰かのために努力することだけ。そんなことにさえ気づけないやつが強くなんてあるわけない。ただの傲慢だ」

あやめの穏やかで、まっすぐな瞳から目を逸らせない。まるでその瞳に吸い込まれるかのような感覚に陥る。

「何自分が一人の力だけで生きてるって勘違いしてんのさ。ちゃんと目を凝らして周りも眺めてみなよ。フローラは……本当に一人で生きてきたわけ?」

あやめの言葉が、フローラの中を反芻する。

それをきっかけに思い起こされたのは……これまでフローラに関わってきた人たち。

思えば……化かし合いの貴族の世界で疲弊した自分を、母は優しく癒してくれようとしたのではないか?

家から離れ、一人になった自分を、レイナは精神的に支えてくれてたのではないか?

一人でなんでもやろうとする自分の負担を減らそうと、周りの学友たちは奔走してくれていたのではないか?

それを、自分は気づこうとすらしなかったのではないか?

だから、自分の力だけで何かを成してきたなどと思い込んでいたのではないか?

ここに至るまで……本当は多くの人に支えられて生きてきたというのに。

「誰かに頼ることは弱さじゃない。支え支えられて生きるからこそ、人間は強く在るんだ。そうやって、人は強くなってきたんだ。フローラは結局聞こえのいいことばっか言ってるけど、誰かを失うのを怖いから、一人が楽だから、頼ることから逃げてただけじゃん。そんなの本当の強さじゃない。とっととそんな弱さ捨てて素直に周りを頼りなよ。どうせ今までだって自分が気づいてないだけで周りに助けられてきたんだしさ。そのせいで誰かが傷つくのが嫌なら、そうならないようみんなで考えたらいい。そのために友達がいるんでしょ?」

「あ……」

友達……。その言葉がフローラの中にじんわりと染み込む。

「私は死んだりしないよ。友達に変なもの背負わせたくないからさ。だから……まずは私の言葉を信じてみてよ。友達として」


「ふふ……そういえば私のことを友達だと……そう言ってくれてましたね」

フローラが、クスクスと笑った。その表情は、いつもの穏やかな微笑みだった。

「私は……一人の力で戦うことが魔術師としての強さだと、そう思っていました」

「簡単な足し算だよ。一人より二人のが強いに決まってるじゃん」

あやめがケラケラ笑う。

「ふふ……そうですね。思えば、とても単純で……とても当たり前のことでした」

なんだか、急に体が軽くなったような感覚だった。まるで長年背負ってきた重たい荷物を下ろしたかのような奇妙な開放感。

「あやめ」

フローラが、改めてあやめに向き直る。

「私は、レイナさんを助けたい。このお店を守りたい。だから……私と戦ってください」

「最初からそのつもりだよ」

それは最初から決まっていた、必然の答えだった。

「うっ……ぐずっ。ううっ……。」

「え、なにごと?」

見れば、いつの間にかデイラが肩を振るわせ号泣していた。強面に流れる大粒の涙はさながら滝のようだった。あとあやめはドン引きしていた。

「うぐっ……!すまんなあ……!歳をとると……こう、涙腺が緩くなってしまって……!」

「汚い汚い」

「やかましいわ!」

デイラはぐしぐしとその太い腕で涙を拭い、おもむろにティッシュを取り出して鼻をチーンとかんだ。結構なガチ泣きだった。

「それじゃ、レイナさん迎えに行って、帰ってみんなでご飯にしようか」

「はい」

「うむ!」

こうして、レイナ救出作戦を開始する一同。

その眼には、確かな決意が宿っているのだった。

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