第5話 いつの時代もサービス業はまあまあ黒
あやめが『レイ』で働き始めて数日。
今日は店は定休日だ。
とはいえ……
「はえー、休みの日まで働いてんの」
「休日とはいえ、やるべきことはちゃんとありますよ?伝票整理や普段できない部分の清掃や……」
「サービス業ブラックすぎるて〜」
あやめが呆れながら、ポストに投函されていた新聞や広告、手紙類をテーブルに並べる。
「うふふ、でも二人はまだ学生なんだし、お休みの日は遊ぶのも大切よ〜?」
「私はただのフリーターですけどね」
あやめがせんでもええ自虐をするが、レイナは相変わらず、朗らか〜に流す。
「そうだ〜。せっかく天気もいいんだし、二人でお出かけしたら〜?あーちゃんもちゃんと街をお出かけしたことないんだし、ふーちゃんに案内してもらったらちょうど良いんじゃないかしら〜?」
ふわふわ〜とそんな提案をする。ちなみにレイナはフローラのことを『ふーちゃん』と呼び、最近になってあやめを『あーちゃん』と呼び出した。レイナだからこそ許される所業だ。
「良いのですか?まだ残っているお仕事も……」
「そっちは大丈夫よ〜。そんなにたいした量は残ってないし。それに……」
レイナが少し真面目な雰囲気で諭すように言う。
「今の時期はね、近い年代の子と遊ぶのってら、とっても大切なのよ?色んなお話をしたり、一緒に何かを体験することを通して相手の考え方とか価値観に触れて……そういう経験が、将来自分を色鮮やかな大人にするの。ずっと篭って勉強ばっかりや働き詰めは不健全よ?」
レイナは普段の感じから誤解されがちだが、仕事はガチでできるし、なにより酸いも甘いも知る大人だ。故にその言葉にはなかなか重みがあるし、なんならおかげでお店に来るお客さんからちょいちょい人生相談もされたりする。
「んー、とはいえ、特に行きたいとことかないんだよねえ」
「あやめは故郷にいた頃は普段何をされていたんですか?」
「えー、そりゃ煙吸ってぼーっとしたり、賭場行って刺青まみれのおっちゃんと博打したり、甘味処の美人の店員眺めて時間潰したり……」
「……」
「……」
「やば、その冷めた視線、何かに目覚めそう」
「できれば永久に眠らせておいてほしいのですが……」
そんな頭の悪いやりとりをしながら、あやめは広告の山を漁る。
「ん……?」
その中で目についたのは、とあるスイーツ店がリニューアルオープンした旨が記載された広告だ。チラシの中央にはクレープの絵がデカデカと載っかっており、それを見るあやめの目は……キラッキラだった。普段はちょっとスレた感じをしてるのに、お前そんな目できたんかい!って思うくらいには、それはもう澄んだ瞳だった。
「意外ですね。あやめがこういったものに興味を示すだなんて」
「何言ってんの、人間の半分以上は糖でできてんだぞ」
「貴方が何言ってるんですか」
「一体人間を何だと思ってるのかしら〜?」
そんなツッコミをいなして、あやめはダッシュで支度を始める。
「私ここ行く!ここのメニュー全部頼んで独自ランキング作ろうぜ!在庫全部切らせて臨時休業に追い込もうぜ!」
「すみません、それはお一人でお願いします」
フローラが呆れるが。
「ですが……ふふっ、そうですね。久しぶりに羽を伸ばすのも悪くないかもしれません」
フローラはどこか楽しそうに微笑んだ。
⭐︎
「王都ウォーシュは、全部で五つの地区に分かれます」
店を出発し、スイーツ店に向かう途中。
フローラがまだイマイチ土地勘のないあやめにわかりやすくウォーシュについて解説していた。
「国王の住まいたる王城と上流貴族の邸宅が多数見られる第一地区、港と卸売市がならび物資集散の中枢をになう第二地区、古代の文化遺産が多く存在し歴史学研究の中心である第四地区、王城からもっとも遠い郊外で少々アングラな第五地区…」
「なるほど。で、私たちのいるここは第三地区ってことか」
「はい。ここはいわゆる学生街です」
周囲を見渡すと確かに、学生が利用しやすそうなおしゃれなカフェやカジュアルなアパレルが立ち並んでいる。すれ違う人たちも、あやめたちと歳が近い者が多い。
「ここは多くの専修学校や学生寮があり、他地区に比べ学生人口が多いのが特徴です。特に著名な魔術学院はここに集中しているので、ある種魔術師の聖地のようなものです」
「へえー、じゃああの大げさなくらいバカでかい建物も魔術学院なわけ?」
あやめが指差した方には確かに、冗談のように立派な建物が鎮座している。あやめにしてみれば『あれまじで学校か?』と疑いたくなるような建物だ。
「はい、あれはエルドランド魔術学園ですね。お察しの通り、王国一の大規模学院です」
「はえー、ご大層に名前に国名までつけちゃって。これ絶対国が『魔術師の天才育てるぞこのヤロウ』とか息巻いて作ったやつじゃん。ガチのエリートしか集まんないやつでしょ、あれ」
「ふふ、まあ大方その通りですね。エルドランド魔術学院は、『この国の未来を担う真の魔術師のみが集う場所』……そう言われています。この学院の卒業生の大半は王国直属の魔術師団に入ったり、各分野で多大な功績を残しているのですよ」
フローラは少し誇らしそうに話す。
ほーん、とあやめが間抜けな相槌を打った。
というかさっきから学生カップルらしき通行人が多くて話が入ってこない。フローラが以前夏季休暇中と言っていたがそのせいか、割と羽目を外しかかっている組もちらほら。
「ちょっと爆発物放り込むか」
「みっともないのでやめてください」
フローラがジト目で制止する。
「だってなんか腹立つじゃん街の往来で。私はただ害虫駆除がしたいだけだよ。立派な治安維持活動だよ」
「今まさに治安を悪くしようとしている貴方がそれを言いますか?」
「当然でしょ。私は全国のモテない男女のために銃火器を取る決意をした。止めれるもんなら止めてみな」
「今すぐ銃火器と一緒に捨ててくださいそんな決意。というか若者の幸福指数が高いことは国にとってもプラスですよ。一体何が気に食わないのですか」
「なんか他人の幸せって反吐出るじゃん」
「本当に清々しいですね」
さすがのフローラもちょっとドン引きだった。だってガチなんだもんあやめの目。爆竹があったらまず間違いなくそこらのカップルに投げ込む。ものすごいスピンの効いたストレートを投げ込む。
「というかたった今この国の未来を担うだのなんだの言ってなかった?思いっきり遊んでるじゃん。こんな浮ついた連中で背負えるほどこの国は小さいわけ?」
「レイナさんも遊ぶことが大切だと仰っていたではないですか。ほら落ち着いてください、もう着きますよ」
呆れながらあやめの手を引く。
「((((お前あんな美人横に連れて何言ってんねん……))))」
ものすっごいブーメランだったみたいだ。
⭐︎
「いっただきまー!」
さっきの勢いはどこへやら、あやめが上機嫌でクレープをかぷりと食べる
店に着いた二人は早速注文を済ませた。フローラは紅茶とチョコレートケーキ、対してあやめはクレープといちごミルクという砂糖吐き散らかしそうなコンボを頼んだ。
無邪気な子供のようにクレープを頬張るあやめを、フローラは穏やかな目で眺める。すると程なくしてあやめがその視線に気づいた。
「ん?どしたん」
「いえ、ただ可愛らしいなと思いまして」
「あれ?なんか急にバカにされた?」
フローラは少し可笑しそうに微笑んだ。
「まさか、素直に褒めていますよ?その歳でそのような些細なことではしゃげるのはある意味才能です」
「やっぱ貶してんじゃん」
「人の好意はきちんと受け取らないとダメですよ?」
憎まれ口を叩きながらも、楽しそうに笑いながら紅茶に口をつけるフローラ。その所作は優雅で洗練されている、貴族のそれだった。
「性格悪ぅ〜。絶対友達少ないでしょ」
「ふふ、そうですね。確かに手放しに友人と呼べる相手はあまりいません」
「まじ?貴族の生まれで魔術師なら周りがほっとかないでしょ。友達なんていくらでもいるんじゃないの?」
さすがに肯定されるとは思っていなかったあやめはそう聞き返す。
「確かに孤立はしていませんね。ですが友人とは対等に接する相手のことでしょう?」
そういうとフローラはまた紅茶に口をつける。
確かに友人の定義の一つが対等であるならば、フローラにとっての友人はそういないかもしれない。
地位や才能など、多くのものを持ちあわせていればいるほど、対等な人間は逆に少なくなっていくものだ。
恵まれているが故に周囲から向けられる尊敬・羨望と対等な関係は両立が難しい。畏れ多い、などと一歩引かれることもままある。
だから
「あやめくらいでしょうか。私と対等に話をしてくれるのは」
「そりゃそうでしょ、それこそ友達なんだし」
「!」
紅茶を持つ手が、一瞬止まった。ほんの少し、フローラの目が驚きで見開かれた。
「ふふ、そうですね。私としてもあやめほどわかりやすい相手なら安心できますし」
「紅茶かち割るぞ」
あやめの非難に、いたずらっぽく笑うフローラ。口では色々言いつつ、二人を包む空気は決して悪いものではなかった。
数日一緒に働く中で、フローラはなんだかんだ言いつつあやめの本質を見抜いていたし、あやめもフローラの根は悪くないと思うようになっていた。たまにこいつ怖えなと思うこともあったが。どうも根っこの部分で似たもの同士らしい。二人の関係はただの友人というには少々奇妙な関係にみえた。
「じゃ、たまには今日みたく出かけよっか。その時は付き合ってくれるでしょ?、フローラ」
その言葉にフローラはパチクリと目を瞬かせるが、やがて穏やかな表情になった。
「ふふ、はい。是非」
その後も、終始二人でじゃれ合いながらも、穏やかな時間が続いた。
⭐︎
第五地区。とある建物内。
随分前に所有や管理が放棄されたことがわかる、年季のいった建物だ。
その内部の広い一室をオフィスのように使って、強面の男たちが何やらデスクワークをしている。その雰囲気で、すぐ真面目な商売をしていないことがうかがえる。
その中で一番偉いと見受けられる小太りの男が上機嫌で金を数える。
「今月もずいぶんいい額になったじゃないか。まだ返済してねえ、もしくは返済の見込みのねえトコはしっかり追い詰めろよ!!」
察するに、この男たちは金融業を営んでいるらしい。もっとも、まともな金貸しとは思えない言動ではあるが。
男はとある書類に目を通す。
「おい、次はココだ。この膨れ上がった額。もう元本も帰ってこねえ。ここは小せえ飲食店だが、債務者の女は色々使いもんになる。いつも通りやるぞ」
そう言って男は下卑た笑みを浮かべる。
「場所は第三区の喫茶店。店名は…『レイ』だ」
⭐︎
夕暮れの帰り道。
フローラとあやめが並んで帰路についていた。あれから色々なところを周り、なんやかんやで一日遊んでいたのだった。
「ねー、フローラちょっと強すぎない?絶対イカサマしたでしょ」
「ふふ、さあどうでしょう」
意味深に笑うフローラ。あの後、あやめが賭け…もといゲーム好きということで遊戯場に赴いていた。
あやめはヒノモトにいた頃、ちょっとアングラな賭場でダーツやビリヤード、トランプといった南蛮由来のゲームも経験があったので割と自信満々で賭けポーカーを挑んだのだが…結果は惨敗だった。
「だってありえんて!悉く私より強い手ばっか出してきて!絶対仕込んだろ!!」
「ふふ、でしたらその場で指摘すればよかったではないですか。そうすれば私の反則負けでしたよ?」
「なんかそういう魔術とかだったら分かるわけねーだろ!」
ちなみにその一幕。
『よしフローラ。私が勝ったらここ全部奢りだから』
『はい、構いませんよ。では私が勝ったら次の休日の店内清掃、お一人でお願いしますね?』
『よーし行くぞっ!せーの!』
あやめ、スペードのフラッシュ。
フローラ、フルハウス。
『うわああああああああああん!!!!!』
『ふふ、また私の勝ちですね?』
回想終了。
「てかあの店、もうちょいでフローラの顔パス行けそうだったじゃん。ほんとフローラて何者?」
「ふふ、まあいいではないですか」
そう。あやめが受付に行ったところ、従業員がものっすごい大慌てになった。そんでものすごい手すりすりしてた。トドメにお金もいらないから好きなだけ遊んでいってとか初めて言われた。フローラはにこやかに固辞していたが。
「次行ったらダーツで勝負だ!次こそ絶対勝つから!」
「ふふ、ところであやめはフラグというものをご存知ですか?」
そうこうじゃれ合ううち、見慣れたレイが見えてきた。
「てかもうこんな時間じゃん、レイナさん心配してるかな。ちょいと遅くなりすぎた」
「そうですね。早く戻りましょうか」
そう言って、レイの扉を開ける。
その瞬間……背筋が凍る。
「「!!!」」
そこに、いつも穏やかな笑顔で出迎えるレイナの姿はいない。
それどころか店内は酷い有様だった。普段は綺麗に並べられたおしゃれなテーブルはひっくり返り、食器やグラスは地面に叩きつけられて割れている。いつものレイは見る影もない。
「これは、一体……」
フローラが絶句する。
刹那、あやめが即座に動いた。
刀を油断なく構えながら、カウンターやテーブルの物陰を確認。誰もいないことを確かめるとすぐ上階に移動する。その様は敵が居れば即座に斬り捨てる、そんな鬼気迫る雰囲気があった。
フローラがその後を追おうとするが、その前にあやめが降りてくる。
「ダメ。二階ももぬけの殻だ」
「そう……ですか」
フローラが額を抑えて苦々しい表情をする。
「これを見てください。普段レイナさんは出かける際はこのカバンを持ち歩きます。それがここにあるということは……おそらくレイナさんは外出中ではなく、何者かに攫われたのでしょう」
「みたいだねえ」
あやめ首肯し、店内を見渡す。
「ざっと見た感じ、店の売上金やら金目のものは手付かずだった。てことは金目当ての犯行じゃないってことだ」
「はい、狙いは最初からレイナさんだった……ということでしょう」
二人が状況を整理しつつ、これからやるべきことを思案する。
あやめが少し思考を巡らせた後、フローラに対して感じていた違和感を口にする。
「フローラ、その感じだと……なんかレイナさんが巻き込まれる心当たりがあるんじゃない?」
あやめが指摘すると、フローラは目を伏せる。そのまま言いづらそうに話を始めた。
「……はい。実はこのお店には借金がある、と……。以前レイナさんから聞いたことがあります」
「借金……」
「レイナさんは、大した額ではないと仰っていましたが……もし、それが返済不能な額だったとしたら……」
「だとしたらまずいかもね」
あやめが不自然に手付かずの金庫を流し見る。
「その話が本当なら、レイナさんは借金のカタに連れてかれたってことだ」
「はい、にも関わらず、お金は無事でした。つまり……」
「レイナさん自身で返済させる……。売買かもしくは…まあタダじゃ済まないことは確かだ。はーあ、またこのパターンか」
嫌気がさしたと言わんばかりにあやめが天井を見上げた。
「……すぐに助けに行きましょう。レイナさんが危ない」
「でも、どーすんの。敵の居場所もわかんないじゃん」
「ふふ、そちらについては任せてください」
フローラは人差し指を口元に当て、不敵に笑った。
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