第4話 私の国では合法だからヨシッ!

「あら、いらっしゃい」

店に入るとカウンターの奥から妙齢の女性が出迎えた。

亜麻色の髪に若干の垂れ目が、穏やかな印象を与える。一目で落ち着いた大人の女性、といった雰囲気を感じ取れる。だがその外見とは裏腹に、仕事ぶりはずいぶんとテキパキしている。どうやらここの店主らしい。

「すみませんレイナさん、余っているまかないをこの方に分けてもよろしいですか?どうやら食事に困っていたようなので」

「あらそうなの〜?大変ねえ」

レイナと呼ばれた女性は心配そうにあやめを見つめる。

「うふふ、うちのまかないでよかったら好きなだけ食べていってちょうだい。余らせておいてももったいないし?」

「やったやった」

「ありがとうございます。では、すぐに用意しますのでお好きな席についてお待ちください」

少女はそう言って頭を下げると、カウンターの奥に引っ込んだ。

とりあえず用意してくれてるっぽいので、あやめはその間適当な席に座ってぼんやり店内を眺める。

「(一階は普通の大衆的食堂。二階は…居住区か。二人だけで宿と飲食店を切り盛りしてんのかな?)」

頬杖をついてそんなこと思案する。

「(建物は若干古いけど、中は掃除が行き届いてるし、雰囲気も良いけど……普通に人員不足って感じがすごい。なんか遠からず潰れそう)」

タダで食わせてもらうくせにとてつもなく失礼なことを考えていた。

なんとなく手持ち無沙汰になったので、テーブルの脇に置いてあったメニュー表をパラパラと開いて眺める。

メニューは昼食、夕食どちらのメインにもなるハンバーグやオムライス、ビーフシチュー、ナポリタン、サイドメニューはサラダ、スープ、ドリンクにはコーヒー、紅茶、ジュース類等々、特にコーヒーと紅茶の種類が充実している。全体的に見てターゲットとなる客層に偏りのなさそうなメニューを中心に構成されており、かつ学生でも手が出やすい良い塩梅の金額になっている。察するにここはカフェにウェートが寄った洋食屋らしい。

あやめがメニューを眺めながらぼーっとしていると、少女がトレーを持って戻ってくる。

トレーにはシチューとパンが乗せられている。シンプルではあるが作り手の腕がいいのか美しい色合いが食欲を刺激する。

「おおー!うまそー!」

「ふふ、レイナさんの料理はとてもお上手なんですよ?きっとお口に合うと思います」

「いっただきまーす!」

そう言って即座に食べ始める。口にはシチューのまろやかな味が広がり、少女の言葉に偽りがないことがすぐ理解できる。

「おいひい……っ!刑務所で出てくるご飯の500倍おいしい……っ!」

「すいません、比較対象のせいで一つも褒められている気がしないのですが」

少女がジト目でツッコむ。

「申し遅れました。私はフローラ。このお店の従業員です」

「不知火あやめ。というかフローラって、見た感じ私と同じくらいの年齢だけど、それで働いてんの?この国じゃ珍しいんじゃない?」

「いえ、従業員と言ってもアルバイトですから。今は夏季休暇ですが、普段は学校に通いながらここで住み込みで働いているんです」

「住み込みでか、すげ〜、学業との両立大変でしょそれ」

「ふふ、そうでもありませんよ。レイナさんやお客様もよくしてくださいますし、楽しく働いています」

そういって、こともなげに微笑むフローラ。

「そういえば、貴方は何をされていたのですか?というか先程、刑務所という不安な単語が聞こえたのですが……」

「そーなんだよ!聞いてよ!」

そう言って食い気味に話し出すあやめ。

「実は入国手続きせず生活に困ってやべー薬運んだら怒られたんだ!」

「レイナさん、警備員に連絡を。私が抑えておきますので」

「はやまるなッッッ!!!」

ちょっと説明を端折りすぎた。

「いえ、不法入国に麻薬取締法違反。もう擁護のしようがないでしょう」

「まーまー落ち着いて。落ち着いて私の言い訳を聞いてほしい」

「私は落ち着いていますし、言い訳は留置所で存分になさってください」

「目つきが氷点下以下!」

このままでは本当に警察沙汰になりそうなので、必死にここまでの経緯を事細かに話す。

「なるほど……」

「わかってもらえた?」

「いえ一つも」

「なるほどっていったじゃん!」

「色々言い訳されていましたが、結局不法入国をして犯罪に加担したのは事実ですよね。しかも密貿易船とはいえ強盗の余罪まで出てきましたし」

「すんごい言葉のナイフでえぐってくるじゃん」

誤解しないで欲しいが、フローラは事実を言っただけに過ぎないのだ。ただあやめがひどく傷ついたというだけで。

「それにしても、なぜそこまでしてヒノモトから来られたのですか?聞くところによるとかなりリスクのある旅だったのでしょう?」

もっともな質問を投げかけるフローラ。

ぐいっ、とあやめはイスの背もたれに全体重を預け、両手を頭の後ろにもってくる。

「逃げてきたんだよ。今国を牛耳ってるやつらはさ、いろんな歴史的な経緯で、私のような身分の人間を根絶やしにしようとしてるのさ。しかもこれは相当根が深い。多分、近い将来国を挙げた粛清が始まると思う。適当な罪でっちあげられて投獄か、反乱を起こさざるおえない状況まで弾圧して、正面から狩るか。そうなる前にできるだけ遠くの国に行こうって思ってさ」

こっちは普通に生きてるだけなのにねぇ、とあやめがぼやく。フローラが神妙な面持ちで紅茶に口をつける。

「ご家族の方は大丈夫なのですか?」

「私に家族はいないよ。昔拾ってくれたじいさんと暮らしてたんだけど。まああの人なら大丈夫でしょ」

そう言ってへらりと笑う。なんだかんだであやめは貞盛を信頼しているようだ。

「私を拾った物好きのじいさんは、天皇……ああ、この国でいう王様ね。そこの分家筋の末裔なんだ。昔は『北面の武士』っていう朝廷お抱えの軍事力で天皇の寵愛も受けてた一族でね。武家との勢力争いの中で朝廷とは分断されるんだけど……。まあ仮にも天皇の権威が絶対化した国で、過去寵愛を受けた一族、まして天皇の遠縁ともなれば、無下にはできないでしょ、多分」

ゴキブリみたいな生命力してるしね、とへらりと笑って話すあやめ。

いちおう、あやめ的には貞盛を見捨てたわけではないらしい。

「そもそも、私が一緒にいた方が危険だし」

そんな、妙に引っかかることをあやめが呟いた。

「大変だったのねえ……」

そう言って、レイナは心配そうにあやめを見る。ちょっと重い雰囲気を察して、あやめがけろりと話を変える。

「まあ、そんな暗ーい話じゃないって。なんなら私は今みたいに自由にふらふら生きる方が性に合ってるよ」

「それはそれでどうかと思うわ〜……」

「要するになんの生産性もない底辺で生きていたいと」

「わーお辛辣」

思わぬ角度から刺されるあやめ。

するとレイナが思いついたと言わんばかりに両手をポン、と叩いた。

「そうだ、よければあやめさんもここで働かない?お部屋も余ってるし住み込みも大丈夫よ〜。お給料は……あまり期待しないでね〜」

「……え、ほんとに?」

正に暁光。とんでもない幸運だ。なにせ他を当たっても辺境の外国人で前科者を雇う危篤なやつはいない。路頭に迷うのは目に見えていたのだ。ならば―――

「給料いりません!寝床とまかない三食で充分です!明日からよろしくお願いします!」

「あらあら、謙虚ね〜。大丈夫よお給料はちゃんと出すから」

「神は死んでなかった」

あやめが感動で語彙を消失していると。

「……大丈夫なのですか?」

こそっと、フローラが心配そうに耳打ちする。

「うふふ、心配してくれてありがとうね〜。でも大丈夫よ?ちょうど人手も足りなかったし」

「……そうですか」

そういうと、フローラは何も追求はしなかった。

あやめ、働き口と寝床ゲット。


⭐︎


次の日。

『レイ』の開店前の店内にて。

レイナとフローラが開店前の仕込みを手際よくこなしていた。

レイナはもとより、フローラの手際もかなり良い。働き始めてそれなりの時間が経っていることが窺えるが、それとも本人の生来の資質によるところか。

そうこうしていると、あやめがふらっと二階から降りてきた。

「あら、おはようございます」

「おはよう〜。昨日はよく眠れた?」

美人二人の朝のお出迎えだ。レイナは妙齢であるにも関わらず二十歳と言われても違和感のない若さと瑞々しさがあり、同時に年相応に大人特有の色気も矛盾なく併存する。まさに大人の女性と言った感じだ。

対してフローラは気品に溢れたオーラとお淑やかさを持ち、その美術品のような美しい顔立ちと相まってどこか神聖なものを感じる。二人とも違う方向の美人だ。

そしてあやめの顔は……衝撃だ。衝撃を受けた時の顔だった。

「どうしたの〜?」

「……すごい」

声を震わせて話す。

「布団で寝たの……久しぶり……あったかかった……」

「これまでの壮絶さが垣間見えますね」

「本当に苦労したのね〜」

二人が生暖かい目になる。

「では、朝食を終えたら準備してください。ここでのお仕事を教えますので」

「初めてだから戸惑うかもしれないけど、わからないことがあったらなんでも聞いてね〜?」

「は〜い」

その後、フローラから接客指導や業務内容の説明を受け。

『レイ』の本日の業務が始まるのだった。


⭐︎


結果から言うと、あやめは意外にも大車輪の活躍だった。

「こんにちは。あら新しいバイトの子?」

「いらっしゃーい!そうなんだよ。お姉さん常連さん?美人の常連なら私も嬉しいわ〜」

「あらら、お上手ねえ」

良くも悪くも物怖じしない性格ですぐお客さんの懐に入ったり。

「二番テーブル、ナポリタン麺多めにオレンジジュース各一つ、三番テーブル、デミグラスハンバーグのサラダセットと日替わりランチこれも各一つ!五番テーブル、ビーフシチューとコーヒー各二つ!コーヒーは食後に!」

しれっと注文の手際が良かったり。

「おっ、おっちゃん荷物大きくて大変じゃない?こっちで預かるよ」

周囲の細かいところにも目が行き届いていたり。

「なんだー?キミらひょっとして退屈してる?私も暇だしさ、ちょっと遊ばない?」

「うん!ありがとう、お兄ちゃ…お姉ちゃん?」

何気に面倒見も良く子供ウケあったり。

なんやかんやあやめの活躍もあり、『レイ』の本日の業務はつつがなく終了するのだった。


⭐︎


「ふぅ」

『レイ』の店先にて。

外壁にもたれ、キセルを蒸すあやめの姿があった。すでに夜のピークは過ぎ、店内は閉店準備を始めている。アイドルタイム以外ほぼ出ずっぱりだったあやめは、レイナの気遣いで休憩がもらえたのだった。

そこに、少女が一人近づいてくる。

「若いうちの煙草は身体に触りますよ?」

フローラだ。

「私の国では合法だから良いの」

「最近、この国では煙草の規制が徐々に強くなっています。そう遠くないうちに吸えなくなりますよ?」

「まじ?」

いやーな顔をするあやめを見て、可笑しそうに柔らかく微笑む。

ふう―――……。

あやめの煙が夜の少し冷たい空気と混ざり合ってふわりと漂う。お互い、特に話すようなこともなくしばらく沈黙が続いた。だが、不思議と居心地の悪さは感じない。

「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

沈黙を破ったのは、フローラだった。

「んー?」

「エルドランドに来た理由は何ですか?」

「それ昨日話したでしょ。やばそうだったから逃げてきたんだよ。あと魔術ってのがどんなもんか見てみたかったのもある」

「本当に、それだけですか?」

フローラは穏やかな笑みは変わらず、だがその瞳は真剣なものだった。まるで全てを見通してしまいそうなほどまっすぐであった。

「……何が言いたいわけ〜?」

「私には、貴方が尻尾を巻いて逃げるような方とは思えないのです。何か他に理由があるのではないですか?」

「さあ、どうだろうねえ」

あやめが雑にはぐらかす。否定も、肯定もしない返答。フローラもそれ以上は追求する気はないようだ。

「私からも、一ついい?」

「はい、なんでしょう」

お返しと言わんばかりに、今度はあやめの方から問う。

「フローラはさ、なんでここで働いてんの?」

ピクリ……とほんの少しフローラが揺れる。

「それを聞いてどうするのですか?」

「別に。ただの好奇心」

あっけらかんとあやめが答える。

「だってさ、フローラってかなり良いとこの貴族のお嬢様でしょ。そんなやつが住み込みでバイトとか普通に気になるじゃん」

「!」

これまで穏やかな微笑みを崩さなかったフローラが初めて、ほんの僅かだが驚愕で目を見開く。

「……なぜそう思ったのですか?」

「ちょっとした所作とか、立ち振る舞いとか、なんか独特のオーラとか……割と気づく要素はあると思うけどなあ」

「ふふ、意外とよく見てらっしゃるのですて」

フローラが手を口元に近づけて可笑しそうに笑う。

「おっしゃる通り、私は、この国でも強い影響力を有する貴族の家の生まれです。このことを知っているのは私の身の回りでもほとんどいません。……別に隠しているというわけではありませんよ?ただ特に言う必要性もない、というだけです」

「まじか、そこまでガチな貴族とはねえ。もうちょい軽めのやつかと」

逆にあやめが驚いていた。軽めの貴族って何だって話だが。

「じゃーあれ?これからはフローラにタメ口厳禁?敬語で話そっか?」

言葉とは裏腹に、少しおどけて冗談めかして言う。フローラもそれを感じ取ったのか、また可笑しそうに微笑む。

「そのような気遣いは必要ありませんよ。ただ私の方が一つ年上なので、もう少し敬意を払って頂いても良いとは思いますが」

「ますますまじか!」

ここにきて飛び出た新事実。あやめは年上にゴリゴリのタメ口叩いていたのだ。

というかフローラ自身も顔立ちは若干童顔なので、あやめ的には自分と同い年、ワンチャン年下もあるかもくらいの感覚だった。

「で、結局なんでバイトしてんの。お貴族様なら金に困ることなんかないでしょ」

だが、まあ今さら敬語も変だしまあいっか、と速攻で気を取りなおす。それに対して嫌な顔一つしないフローラの懐の広さも計り知れない。

「ふふ、そうですね」

フローラが壁に体重を預け、空を見上げる。

もうすっかり日も落ちており、雲一つない夜空には星が宝石のように散りばめられている。フローラはそれを慈しむように眺めた。

「あえて申し上げるなら……私が魔術師だから、でしょうか」

「へぇ……お前魔術師だったんだ。まあこっちではそこまで珍しくもないんだろうけど」

「はい、私が通っている学校というのも、王都に設置された魔術学院です」

フローラはさらりと言っているが、これは結構すごいことだ。

エルドランドは世界一の魔術大国のため魔術師と呼ばれるに至るハードルはとてつもなく高い。エルドランドで魔術師と呼ばれる最低条件の一つは『魔術を専門で学ぶ学院に在籍する、またはしたことがある』である。(公的に明文化されているものではなく、あくまで暗黙のイメージではあるが)

確かに今は民間への魔術教育は普及しつつあるが、魔術を専門に学ぶ教育機関に入学すること自体がかなり難関だし(学費その他諸々を抜きにした単純な実力的な話)、王都に設立された魔術学院は中でもトップクラスの『有数の魔術学院』にあたる。在籍するにはとてつもない才能が不可欠だ。要するにこの国で魔術師と呼ばれるものは全員その道において掛け値なしの天才であるということだ。

よって、フローラは才色兼備、神に二物も三物も与えられたやばいやつ、ということなのだが……。

「へーそりゃすごい、けどそれ答えになってなくない?」

「ふふ、そんなことはありませんよ?私としては、きちんと回答したつもりなのですが」

フローラはただ柔和な笑みを浮かべるのみだ。

「ま、別にいいけど」

なんとなくはぐらかされたことを察し、あやめもそれ以上の追求はすることなくキセルをくわえる。

夜空にまた、煙が漂った。







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