第3話 普通に生きてたら絶対入らないとこでしょ
そこは薄暗い。
ほのかな灯りも差し込まない。薄暗くひんやりとした空気が漂う。
窓ははめ殺しの鉄格子。
あるのはちょっとした寝床と簡易トイレのみ。
唯一の出入り口にはしっかり物理キーが施されている。
常人であれば数日で気がふれる場所。
牢屋。
そんな牢獄の中で体育座りで俯いているものがいる。
不知火あやめ。先日ヒノモトより海を渡った元士族。
ここはエルドランド王国。あやめがいるのは犯罪者の詰所。牢屋であった。
「ひっく……。えぐっ……。暗いよう……。寒いよう……」
めそめそえぐえぐ。
なまじ雰囲気があるだけに、まるでそのすすり泣きはここに住まう霊のように不気味であった。
「なんで……。なんで私が……」
何でって言われても完全な自業自得なのだが。
その答えは数日前に遡る。
⭐︎
エルドランド王国。
西洋大陸の北方に位置する大国で、世界で初めて魔術を発現させた国である。現在は世界一の魔術発展国となり、強力な軍事力たる魔術師団を有する魔導国家となった。
そうなった要因の一つとして挙げられるのは、教育制度にある。
一昔前まで、魔術というのは国王一族と、有力貴族等で独占された、秘匿された術であった。要するに『選ばれたものだけが使える特別な能力』といったところか。
しかし、魔術は医療を始めとした様々な分野の発展に大きく寄与しうる、無限の可能性を持った術である。
軍事、医療、産業、文化などなど、あらゆる文化の発展はすなわち国家、ひいては人類の発展に繋がる。つまり魔術の発展は、国家を発展させることに同義である。そしてそれは、魔術を完全なブラックボックスにしたままでは成し得ないことだ。何かを発展させるには、それに寄与する天才が必要。そして天才は、教育の中でこそ培われる。さらに言えば、教育の裾のを広げることで、より多くの天才を輩出できる。
そのことにいち早く気づき、今日のエルドランド王国の教育の基礎を作ったのは、時の賢王ミネルヴァである。彼は多くの国民が魔術を学べるようにするため、教育制度の抜本的な改革を断行。当初は『魔術は選ばれたもののみが会得できる崇高な技術であって、誰でも使っていいような軽いもんじゃねえ!』といった反対派が多数いたが、ミネルヴァは見事にそれらを全て抑え、その生涯にわたって国の教育改革のために力を尽くした。
結果、今では魔術を学びたいという意欲さえあれば誰もが魔術を学べるようになり、エルドランド王国を世界一の魔術大国に押し上げるための土台となったのだ。ただ、今だに魔術は選ばれたもののみが扱う崇高なものという思想は根強く、また一般家庭以下では授業料高額という観点から魔術を学ぶことができない者もまだまだ多数存在しており(それでも一昔前よりはかなり改善されつつあるが)、そのような非魔術師への侮蔑や偏見も多く、課題も多く残る。
また今から二十年前、侍の国ヒノモトに魔術が伝えられたが、その相手国こそエルドランド王国である。その後の展開は…語るまでもない。
そんなエルドランド王国に渡って数日。エルドランド王国が首都、ウォーシュにて。
あやめは窮地に陥っていた。
「やばい……。どうしよう」
くきゅ〜。
ずいぶんと可愛らしい音が鳴る。
「手持ちの資金は尽きた…ここしばらく何にも食べてない…。あと宿もない」
そう。深刻な資金不足!!!
当初あやめは、適当な仕事見繕って日銭を稼いで当面を凌ごうなどと安易に考えていた。
しかし蓋を開けてみれば、遥か東の辺境の国。魔術はおろかロクな政治・司法制度も整っていない野蛮な国の民族。
おまけに今時武器を吊っているときたもんだ。
そんなやばいやつ雇う所など、そうありはしない。なんなら宿も泊めてくれない。
ちまちま節約しながらホームレス生活を続けていき……。ついに命の灯火が消えた。
「(なんとしても食いぶちは稼がなきゃ……。でもお腹減ってもはやまともに仕事できる余裕すらない……)」
もはや、死は時間の問題である。
「(ああ……。還る……。このままでは土に還ってしまう……。雑草の肥やしとなってしまう……)」
今あやめが倒れているのは、アスファルトの上であった。
「(ワンチャン前科者覚悟でどこか飲食店でタダ飯いくか?いやさすがに無銭飲食で逮捕はカッコ悪すぎるて……)」
もう、思考はすでに壊れていた。
「うう……誰かお金ください……」
そうぼやいて。
ふらふらと、千鳥足で歩を進めるのだった。
しばらく歩くと、少々大きな掲示板があった。
いわゆる街のお知らせや情報等が貼り付けられる場所で、求人等も時折ここに張り出される。
あやめが死んだ目で求人募集をもとめ、視線を彷徨わせる。
「(できれば楽で時給いい仕事できれば楽で時給いい仕事できれば楽で時給いい仕事……)」
クズだった。
もほや全国の労働者の敵であった。
そんなクズの目に、一つの求人が止まる。
『求人募集!荷物を運ぶだけでカンタン高時給!初心者の方も大歓迎!出自学歴一切不問!アットホームで楽しい職場♪』
そんな景気のいい文字が踊っている。
「(怪しすぎるて……)」
うわあ、とドン引きする。
「(もう少し取り繕う努力すればいいのに……)」
こんな胡散臭い求人に食いつくバカがいるのだろうか。
そんなことを考えながら何気なく要項を見ると―――
「(んんんんんんんんん!!!!!?????)」
ひっくり返るレベルの金額が飛び込んでくる。
「(まじ!?荷物運ぶだけでこんな貰えるの!?こんだけありゃ私なら1ヶ月は持つんですけど!?)」
まさに破格。楽して時給いいの権化。クズにはピッタリの仕事だ。
「(ふっ……)」
クズはクールに笑い、背を向ける。
「(悪いけど……さすがに私もそこまで蒙昧してないんだよ……)」
そのまま、その場を立ち去ろうとする。
だが
『簡単高時給!』
「(さすがに……)」
『簡単!!』
「(そこまで……)」
『高時給!!!』
⭐︎
「で、なんで薬の運び屋なんてやってたの」
「違うんです」
何も違わなかった。
案の定、その求人は違法薬物の受け渡しの人員募集だった。
あやめは薬の運び屋として犯罪の片棒を担がされ……結局しょっぴかれてコレである。
「ハイハイ、犯罪者はね、みーんなそう言うの。で、他に仲間は?」
「ホントに違うんです」
現在あやめは取調室にて、2人の警備員から取り調べを受けていた。
「何が違うの?キミが持ってたカバンから出てきたコレ。クスリだよね。何も違わないよね。言い逃れできないよね」
「いやホント違うから!信じてよ!」
バァン!と机を叩く。
「私はただ!求人票をみて、言われた通り荷物を運んだだけだって!中身も知らんかったしなんなら指示した奴も知らん奴だったよ!」
「キミは一体何を言っているんだね」
「精神鑑定も視野に入れた捜査が必要だな」
「もうちょいまともに話聞いてもらってもいいんじゃないすかね」
「住所不定無職、怪しい身なり、おまけに外人。荷物には違法薬物。まともじゃないのはキミだよ」
「反論の余地がないのが歯痒い!」
ズガア!と机に突っ伏す。
「いいの?キミ。正直に話さないと一生牢屋生活だよ?嫌だよね?早く外出たいよね?」
「それなんですけど」
あやめが悟ったように虚空を見つめる。
「屋根があって雨風凌げて三食きっちり出てくる……。ここ意外と悪くないんじゃないかなって……」
「なんてことだ……!」
「コイツここまで堕ちているとは……!」
思わず目頭を抑える警備員二人。
最初こそ牢屋で腐り切っていたが、数日経つうちに『あれ?ここの生活外にいる時よりまともじゃね?』と思うようになってしまったのだ。
今ではすっかり自室のように快適に過ごしている自分がいる。まさに住めば都の究極形。
「ていうか、違うのは本当なんすけど。確かに怪しい求人だとは思ってたけど、金に困ってたし、背に腹は変えられないから飛びついただけで。私を洗ったとこで時間の無駄だよ」
「ふーむ……」
警備員の一人が考え込む。
「まあ、その話が本当でもはい、無罪というわけにはいかないし、第一キミが見るからに怪しいのは変わらないし……」
「あれ?今私罵倒されてる?」
「確かに……ここでなんやかんや理由つけて勾留しとけば、犯罪を未然に防止できそうだしなあ」
「どうしよう、完全に私がやらかす前提で話が進んでる」
「まあ、しばらく牢屋で頭でも冷やして起きなさい。こっちは件の張り紙とやらを調べるから」
「もうとっくに冷え切ってるよ、頭も心も氷点下だよ」
とはいえ、多少はあやめの言い分も受け入れたようだ。
張り紙等きちんと調べれば、あやめが無関係の末端であることは調べがつくだろう。
完全な無罪放免とまではいかないが、主犯格の烙印は免れるはずだ。
と、その時……
ダダダッ!ガチャ!
勢いよくドアが開き、別の警備員が入ってくる。
「大変です!そいつ、入国手続きをした形跡がありません!不法入国者です!」
………………………
「…………………」(チラッ)
「…………………」(チラッ)
「…………………」(サッ←目を逸らす)
グワシッ!!!
「…………………詳しく聞かせてもらうか」
「…………………ハイ」
勾留期間が延びました。
⭐︎
「くっそーあのおまわりめ、長いこと尋問しやがって。人権侵害って言葉知らないの?」
警備員の長い尋問と説教が終わり、ようやく牢屋に戻ったあやめは、床に大の字になって転がる。
「(まあでも、さすがにずっとここに留まるわけにもいかないし……。なんとか脱出を試みるか……)」
ぐるり、と周りを見渡す。当たり前だがこっそり抜け出せる余地はない。
「(となると現実的なのは……)」
①模範囚人となり警備員と仲良くなる→脱獄
②暴力を用いて脱獄
「(ただの一つも……!ロクな選択肢がないっ……!)」
四肢をついて軽く絶望する。
「犯罪って……割と身近にあるもんなんだなあ」
このままでは本当に牢屋で儚い一生を終えてしまう。
その時。
カツン、カツン、カツン。
不意に、こちらに近づく足音がする。
顔を上げると、そこには先ほどの警備員が立っていた。
「おい、キミ」
「なに〜、まだ何かあるわけ?言っとくけどまだ脱獄はしてないよ?」
「その言い方だと計画はしてたんだな」
呆れたようにため息をつく。そして、あるものを差し出した。
「これ、見覚えあるだろう?」
それは、写真だ。この国には『撮影機』というものがある。機械の中に念写を応用し魔導機(魔術師によって魔力が込められた道具全般を指す)が内蔵されており、誰でも簡単に撮影できる。魔術捜査を飛躍的に効率化させた代物だ。
そこに写っていたのは……先の一件であやめが壊滅させた『福竜丸』であった。
「先日、この船で船員たちがマストに縛り上げられているのが発見されてね。調べると彼らはは人身売買……しかも我が国の子供まで攫っては海外に売り飛ばしていたんだ」
「へー、ずいぶん大胆なことやらかしてたんだねえ〜」
あやめが感心したように呟く。
「で、そいつらは『とんでもなく強い子供にやられた』と言っていたようなんだが……キミだろう?奴らを捕まえたのは」
「そうだよ」
「やはりか」
ものすごくあっさり認めるあやめ。警備員も確信を持っていたようだし、何より隠す理由はない。
「私では不足だろうが、礼を言わせて欲しい。ありがとう。これで罪なき子供達が攫われることはなくなった」
「別に大したことはしてないよ。私はただあいつらを渡航の足にしただけだし」
「それもどうかと思うんだが」
警備員は苦笑いするしかない。
「……出たまえ」
「……?」
見ると、すでに牢屋の鍵は開け放たれている。警備員はあやめに手招きする。
「キミは今回の一件について、何も落ち度はない。キミはただ『何も知らない』のに『無理やり荷物を持たされて運ぶよう』言われた『被害者』である。故にこれ以上の勾留は不当である、と判断した。不法入国については……キミは福竜丸に運悪く乗せられた奴隷の1人、ということにしといてやろう。この国に住まうつもりなら手続きの支援もしてやるぞ?」
ずいぶんとわざとらしく、芝居がかったように言う。
「いいの?こういう闇バイト系って、巻き込まれただけのなーんも知らない末端でも罪には問われるもんでしょ?」
「さあ?なんのことやらさっぱりだ」
「大丈夫〜?この国の治安」
そんな皮肉のような言葉とは裏腹に、あやめはケラケラ笑っている。
ずいぶん、不思議な友情が生まれたものだ。
すると。
くきゅ〜
あやめのお腹から、可愛らしい音が鳴る。
「…………………」
「…………………」
「……明日まで拘留してもらってもいいですかね」
「何税金でタダ飯食らおうとしてんだバカ野郎!!」
無事釈放されました。
⭐︎
入国審査を済ませ、合法的に滞在が可能になったあやめ。
犯罪者から一般人にジョブチェンジしたものの、たった数日で前科二犯となってしまった。
おまけにホームレス生活に逆戻り。今日の食い扶持にすら困るひもじい生活。
「(やっぱ牢屋の方が良かったかな?)」
いっそもう一度警察のお世話になろうか、とすら考えてしまう。もはや人として終わりだと言われても反論できない。ふらふらとウォーシュの街中を歩くその足は空腹でふらついており、今にも倒れそうである。
「はーーー」
どっこいしょ、と適当な建物を背もたれに寄りかかる。もう完全にどこに出しても恥ずかしくないホームレスである。みんな関りたくないのでなるべく目が合わないようにしてる。でもちょっと気になるのでチラチラとは視線を感じる。居心地が悪いことこの上ないので、人目のないところに移ろうか、そう考えた時。
「失礼します。ちょっと宜しいですか?」
誰も寄りつかないホームレスに話しかける猛者がいた。
それは、一言で言えば氷彫刻のように神秘的で美しい少女だった。ツヤのある水色の髪をハーフアップにまとめ、肌は透き通るような色白。しかしそんな儚げな見た目とは裏腹に、意思の灯った瞳をしており、放たれるオーラは否応なしに彼女に付き従ってしまうようなカリスマ性を持っている。
まあ要するに。
「(なんかすんごい強キャラ感ある……ラスボスかな?)」
あやめの心情の通りの人物だった。
「このお店に、何かご用ですか?」
そんなあやめの心情を知ってか知らずか、少女はあやめに問う。
振り返ると、あやめが背もたれにしていた建物は、お店のようだった。『レイ』と書かれた看板に、店内から漂う良い香り。察するにここは飲食店といったところか。
「いやぜーんぜん。悪いね、営業妨害してた?」
「そうですね。お客様が怖がってしまうので、できれば場所の移動をお願いしたいのですが」
暗にお前邪魔だよと言われてしまうが、事実なのでしょうがない。力の出ない体に鞭打ってなんとか立ち上がり、ふらふらと移動しようとしたその時。
くきゅ〜〜〜
盛大にお腹がなった。
「…………」
「……お腹が空いているのですか?」
ちょっと憐れむような目で見てきた。
「大丈夫。私は強いから。一週間なら飲まず食わずでもギリいけるから」
「何も大丈夫ではないですよね、それ」
少女はそういって踵を返すと、お店の扉を開ける。
「少しであればまかないの余り物があります。よろしければ食べますか?開店まで時間もありますし」
「食べるっ!!」
ものすごい食い気味に答えた。少女はそれに薄く微笑んで、店内へ招き入れる。
偶然出会った人の、気まぐれのような施し。何も特別なことはない。よくある話だ。この一幕も例外じゃない。
だが人の運命とは。
ほんの小さな偶然で動き始める。
すでに、あやめの運命は動き始めたのだった。
あとがきのようなもの
やっと一人目のヒロイン出せましたわ…
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