第28話 誰が為に鐘は鳴る
本来敵軍側である筈の
意外にも敵の見切りは速く、砲台の射程圏内に超巨大アルゴー船が入るや否や、即座に砲火による攻撃を開始した。
だが規格外の分厚さを誇る
いかなる装備と兵力を積み込もうとも、結局の所アルゴー船の命は艦橋だ。鋼の腕による地形を問わない踏破性と帆船を圧倒する機動力を手に入れた代償として、アルゴー船は剥き出しの脳という繊細な弱点を抱える事になった。
超巨大アルゴー船の強みは、なんと言ってもその大きさにある。優に二倍近い差のある通常サイズのアルゴー船では、ある程度の距離まで接近されると背の高い船体に阻まれて、艦橋に砲台の狙いを付け辛くなってしまうのだ。
加えて艦橋そのものの装甲も分厚く、司令室の壁であれば砲弾が直撃しても航行機能の喪失には至らない。
船の大きさをものともしない高度から船の砲火を遥かに凌駕する術で、
しかし【
「目標、
オルガノンが操る騎士の号令を合図に五門の大鏡が閃光で一帯を照らし、熱線が空を焼きながら一瞬で
天文台を覆う強化ガラスの窓は一瞬で砕けて蒸発し、残った鉄の柱も炙られた蝋燭も同然に溶けて瘦せ細っていった。内部の機材も操縦を行っていた兵士ごと消し飛び、風となって去る。
「あっぶねえ……避難しといて正解だったぜ」
フランソワは天文台下の司令室に移動して難を逃れていた。だが再び大鏡を失った事で
「――フランソワさん。最寄りの敵船九時の方向、距離千五百!」
無線でアトラスの声が響く。
「よしきた……大体こんなもんかね!」
アトラスが有する【偽天のアトラス】は、擬似的な大鏡だ。赤眼はその情報から方角と距離を完璧に近い精度で測定し、
フランソワは長年の操舵によって培われた感覚と勘を頼りに、視覚情報を一切用いず射撃を行って見事に敵船の撃破を成功させた。
その後も二人の連携で、致命傷を負っている筈の
「……冗談だろ。幽霊船を相手にしてるんじゃないだろうね」
オルガノンは背筋に薄ら寒さを覚えながら、半ば楽しげすら滲む口調で呟いた。
既に二隻を失った艦隊が、
「おっと。本命はこっちだってバレちゃったッスかね!」
アトラスは船を斜めに回頭させ、敵に砲口を向ける。露天甲板下に広がる砲列甲板と呼ばれる場所には幾つもの砲台付き
「
八門の砲台が火を噴き、高速で接近してくる銀船の横を大粒の砲弾が掠めていく。その内二発がそれぞれ露天甲板と船首楼に命中し、厚い金属の装甲をひしゃげさせた。特に露天甲板へ着弾したものはそのままバウンドして甲板中を転がり、鈍い音と共に騎士達を撥ね砕く。
アルゴー船は側面に最も砲台が多く、前方は主砲か船首楼の二門だけでしか砲撃を行えない。故に交戦時は敵船に対して斜めの角度で移動してできるだけ有効な砲台を増やす動きが基本になる訳だが、目の前の船は戦闘を放棄したかと思わせる程愚直に直進してきていた。
船首楼の砲台を潰されて反撃もままならず、追加の砲撃を次々と受けて船体は破損していく。
「おいおい……まさか体当たりで心中しようってんじゃないスよね」
アトラスは半ば呆れた調子で舵を切り、二時の方向に船を動かして敵の正面を逸れながら少しずつ距離を開ける。そうしている間にも銀の船は砲火を浴び続け、遂には炎上し始めた。
鋼鉄で出来たアルゴー船の火事は内燃機関に致命的な損傷が入った証であり、船の寿命が長くない事を意味する。
「よおし! 皆さんナイスッス!」
だが次の瞬間、航界士の一人は自分の覗く双眼鏡に映る光景を見て戦慄した。
「九時の方向、撃破した敵船から〈人物の飛翔を確認〉! ――ハルモニア様です!」
「冗談でしょ……指揮官が自分で乗り込んでくるなんて、どうかしてるッスよ!」
――どこかで魔女がくしゃみをする。
「撃たないでください! 殺す訳にはいかないッス!」
見知った人物。それもソロモンの鍵によって蘇った王ではない相手を前に、アトラスは非情になりきれなかった。
風を纏い宙を飛ぶ獣姫は
「投降したい奴は両手を挙げろ。オレの目的は翼の生えた金ぴかのガキ一人だけだ!」
鋼鉄の装甲さえも震わせそうな大声が、船の底にまで響き渡る。腹の奥まで震わせる威圧感と安堵を与える文言の組み合わせは、聞く者から容易に戦意を奪ってしまうだろう。
「……あいつには家族がいないんだ。死んだって、悲しむ人間はいやしねえよ」
――船員の一人が俯いて呟く。
「だからこそ、俺達が見捨てる訳にゃいかねえだろ。帰る場所のない寂しさを、俺達船乗りはよく知ってる筈だ!」
彼が
その光景にハルモニアは青筋を立てる。
「船乗り……お前らのそういう所がムカつくンだよ。くだらない家族ごっこしてンじゃねェゾ!」
獣姫は印も結ばずに床を蹴って船乗り達に向かい猛進すると、長い手足を振り回して圧倒的な膂力だけで
歴然とした実力差を前に、船員達は蹴散らされるのを待っているのに等しい。それでも逃げ出そうとする者は一人もいなかった。
「――もう
艦橋の入口から姿を現したのは、匿われている筈のベルとアルカだった。
「馬鹿野郎……出てくるなって言われたろ……!」
初めに啖呵を切った船員が血まみれの姿で呻く。その姿に大王は、ぐっと拳を握った。
「民が蹂躙される様を黙って見てはいられん。それはおれにとって、自分を殺すのと同じだぞ」
モニター越しに見た標的の姿を目の前に確認し、ハルモニアは荒ぶっていた気を鎮める。
「観念したか。自分から首を差し出しに来たのは褒めてやる」
「逆だぞ。おれはなれの首を狩りに出向いたのだ。王として、この世界の民から希望を奪わせぬ為にな」
「……民の為だと? 家族ごっこの次は王様ごっこときたか。劇場ってのは誇大妄想の病巣になってるらしいナ」
ベルの子供じみた物言いをハルモニアは鼻で笑う。だが大王は動じずに獣姫の瞳を見据えた。
「夢を見るのが王の役目だ。国も民も、全てはそれを設計図に後からついてくる結果に過ぎない。……ハルモニア、なれに己の
「
「なれに教えてやろう。王の器とはなんたるかを」
「……ほざいてろ。直ぐに何も考えられないようにしてやる!」
獣姫が胸の中から取り出した
だが肉弾戦はハルモニアの望む所でもある。優に倍以上の体格差がある二人では、正面から打ち合えば勝負にならないのは明らかだろう。
ベルの格闘には、数ある人間の武術とは明確に違う点が一つある。
それは〈四足歩行〉を基本としている事だ。普段の外見からは判らないが、ベルの骨格や筋肉は四足歩行に適した可動域を備えており、猫科の動物に近い。
人間の武術はその大半が〈対人間〉を想定して作り上げたものであり、その術理は四足歩行の獣を相手にすると途端に効力を減ずる。
大王はその事を感覚的に理解しており、二足歩行で接近してから滑らかに四足歩行へと移行して、ハルモニアの放つ打点の高い正拳の初撃を完璧に空振りさせた。
そのまま股下へと潜り、膝の裏を腰から生えた双翼で強く打つ。膝を抜かれた獣姫は下半身の支えを失って崩れ落ち、両手を床に着いた。
「ぐっ……このガキ……!」
「身体の立派さが仇になったな。大木ほど風に折られるものだ」
「不意打ちで調子に乗ってんじゃねえゾ……」
獣姫は四肢を地に着いた体勢から腰を高く上げ、重心を前に傾ける。それは奇しくも、ベルと全く同じ構えだった。
「オレ達アマゾネス人が〈最強の騎兵〉と謳われる理由を教えてやろう。オレ達自身が、馬に追いつき獅子を狩る最強の騎獣そのものだからだ!」
ハルピア人にも共通する特徴だが、アマゾネス人の脚も下の辺りで〈く〉の字に曲がっている。アマゾネス人は古来から他人種との混血を繰り返し、戦闘に適した遺伝子を取り込んできた。
全身を
「がはっ!」
ベルは吐血を撒き散らしながら、地面へと叩きつけられて更にダメージを負う。
起き上がったハルモニアは錬成円を展開し、悠々と印を結ぶ。
「
【
「ベル!」
――アルカの声が凛と空気を打った。少年の身体は錬り上げた黄金の炎に包まれ、力強いエーテルに満ちている。
「ボクの燈を受け取ってください!」
叫ぶと同時にアルカが放射したイスカンダルの燈は、ベルの魂へと着火する。
イスカンダルの燈を食らい、己の力とする大王の力。傷は見る見るうちに塞がり、小さな身体は骨格までもが変化して獅子を彷彿とさせる青年の姿へと成長する。
ハルモニアの巨躯には及ばないが、二メートルを超える体躯は鎧の如き筋肉に覆われ、王としての威厳を湛えて復活した。
「互いにここからが本番のようだな」
「後ろで見ているだけかと思ったら、イスカンダルの燈を錬ってやがったのか。あっちのガキも油断ならねえナ」
獣姫は今まで眼中に留めていなかったアルカの存在を、初めて脅威として認識する。
アルカはまだエーテルの操作が苦手であり、イスカンダルの燈を灯すのにもジルやアトラスと比べて長い時間を必要とする。
この弱点を補う為に二人で考案したのが、序盤の戦局をベル単独の撹乱で凌ぎ、後方でアルカがエーテルを錬る作戦である。イスカンダルの燈さえ灯せばそれを食らって大王も傷を回復でき、一気に戦局を巻き返せる。
「見せてあげましょう。王と
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