第21話 二代目双角王 対 当代双角王
一瞬の閃光が晴れた後、開けた視界へ映る景色に大灯台の天文学者達は己の目を疑った。
六門の主砲から放たれた熱線は、目前を流れるイスカンダリア河から噴き上がった夥しい量の水の壁に阻まれ、敵船に届いてすらいなかったのだから。
「
イスカンダル軍の大艦隊の下から膨大な量の水が湧き上がり、アルゴー船達を持ち上げていく。それは上空へと昇っていき、王都を囲む壁の頂上へと橋を架けた。そして【
厚い水の壁に守られた上空の敵を相手に、地上の防衛部隊は為す術がない。
「さあ、渡河の陣形は整ったぞ。イスカンダリアへの入城を果たすとしよう!」
敵の居なくなった空中海域を、無数の艦船が悠々と進軍していく。規格外の術を見せつけられ、大灯台の司令室は唖然とした沈黙に包まれていた。
「これが……数多の海を制した力か……!」
クラウディオスは苦々しく呟きながらも、瞳に覚悟を灯す。
「――仕方あるまい。ワシが直々に出る!」
防衛部隊が必死に抗戦を続けている間、唯一シナリオ異界の影響から逃れられた北の港では、
街を襲う異変に船員達も休暇どころではなかったようで、皆文句も言わずにせっせと働いている。ジル達も艦橋に入り、船を起動する作業に入っていた。
しきりに窓の外を気にしてそわそわするアルカの隣に、フランソワが肘を突いてもたれ掛かる。
「よう。浮かない顔だな、アルカ」
「うゆ……皆は大丈夫なんでしょうか」
「自分達だけ逃げ出すみたいで落ち着かないか?」
フランソワの、核心を突いた指摘に少年は頷く。
「そう思うんなら、街の命運は俺達の働き次第なんだって考えな。今は自分の役割に集中するのが肝心だぜ」
――吸血鬼は「それに」と歯を見せて笑う。
「街を守るって役割においちゃ、あのジイさんがイスカンダリア一だ。お前さんは知らんだろうが、今のイスカンダリアで当代双角王より強い術師はいねえ。なにせ双角王ってのは、最強の代名詞でもあるんだからな」
城壁へと近づいていく
船首楼上のペルディクスはゆっくりと振り返って老人と目を合わせると、尖った牙を剥いてにいっと破顔した。
「ほう……現代にも中々骨のありそうな術師がおるではないか」
「ペルディクス様。お会いするのは初めてですな。ワシは当代双角王、クラウディオス・プトレマイオスと申します」
「おお、貴様プトレマイオスの血族か!」
ペルディクスはかつての友に会ったような晴れ晴れとした表情を浮かべる。
「二代目、矛をお納めくだされ。この国には、貴方がたの子孫達が暮らしておるのです。最早戦で世界を動かす時代は終わったのですワイ」
言葉で穏便な解決を試みるクラウディオスの態度に、海魔は鼻で深く息を吐く。
「……ぬるいわ」
――多分に落胆を含ませた声色。
「かつて全ての世界を手中に収めんとした、帝国の末路がこれとはな。塀に囲まれた小さな陸地で満足だなどとは笑止千万。双角王の名が泣いておるぞ」
「貴方の目的はなんですかの? かつてのように世界征服でも始めるおつもりか」
数瞬の沈黙を風が掻き消す。
「……それもよいな。貴様も双角王を名乗るならば、己の国ぐらい力で守ってみせろ、当代!」
ペルディクスは船首楼から跳び上がると、空中で印を結ぶ。
それは
たった一手間の差だが、
「
空気中の水分が収束して幾本もの水の槍を生み出し、甲板上のクラウディオスを目掛けて獲物をごりごりと削る水の爆撃をかます。
イスカンダル軍最強の将であるペルディクスは、とりわけ海戦においてその実力を轟かせた。
世界征服の大遠征時には艦隊の総指揮を任され、当時最新鋭の兵器であったアルゴー船に海すら操る強力な水属性の術を組み合わせる戦術で、数多の海戦を制したのだという。
水流で船を操り陸路を行く双角王の渡河を補佐してきた数々の伝説は、彼女を象徴するものとして今も語り継がれている。
「――甘く見られたものですのう。この程度でワシを制圧できるとお思いか」
水飛沫を割って姿を現した当代双角王は、マントを捨てて騎士の基本装備である
「……覚悟せい。王の力の何たるかを教えてやるワイ!」
クラウディオスは床を蹴って疾駆すると、横薙ぎの裏拳で反射的に構えていたペルディクスの腕を打つ。両腕による防御を弾き崩され、海魔は目を見張った。
当代双角王が繰り出す回転を軸に拳撃を放つ動きはケメトの新興武術で、ペルディクスには見覚えのないものだった。この武術はかつてこの地に存在した暗殺教団が発展させたもので、荒ぶる風の渦巻きを破壊力の象徴として人の動きへと昇華したのだという。
右の裏拳と左の正拳を交互に絶え間無く放ち、遠心力を拳に乗せる事で膂力以上の威力を発揮するという、単純ながらも奥の深い拳法である。
連撃によってガードの緩んだ二代目の腕を正拳が撥ね上げ、遅れて繰り出された
だが僅かに生じた隙を逃さず、クラウディオスは腰のバインダーから
強力な術を使えば勝てる。だが術が強力であればある程、必然的に要求されるエーテルの量は大きくなっていく。これが落ち着いてエーテルを錬れる平時であれば発動できるものであっても、戦闘中となればその難易度は大きく跳ね上がる。
故に肉弾戦や比較的発動が容易な術を用いて戦況を優位に運び、相手が対応に追われて生じた隙に強力な術を使う為のエーテルを錬っていくのが基本戦術となる。
「
詠唱を完了するとクラウディオスの星空の如き髪が逆立ち、巨大な雲が立ち昇るように膨れ上がっていく。それは星空を浮かべた
更にエイの背からは人の身体を持つ竜の輪郭が立ち上がり、両手に剣と王笏を持つ王を象徴した姿となって顕現する。
「……なんとか発動できたワイ。これでようやく五分の勝負ができるのう」
当代双角王は〈
「
両の手を竜の上顎と下顎に見立て、純粋な火属性の火力を限界まで高めて放つ大技。
かつて世界に竜が存在した頃。世界は今より混沌とし、虚空から火を噴く災害が存在したのだという。それを再現したのがこの術である。
「やるな当代。〈
ペルディクスは自身の周囲に瀑布並みの激しい水飛沫を発生させ、灼熱の波から身を守る。
その隙にクラウディオスは尋常ではない数の印を高速で結び、追い討ちを掛けていく。
「
甲板上で黒い竜巻が発生し、ばりばりと不気味な音を立てながら周囲を薙ぎ荒らしていく。
周りで待機している敵兵達に竜巻が接触すると、彼らの肉体は身に着けた鎧ごと削り取られ、一瞬で無惨な死体へと変わり果てた。
クラウディオスは竜巻を指先で指揮し、防戦に徹するペルディクスを襲わせる。水の幕もろとも旋風が食らい尽くしていく様子を、当代双角王は険しい顔つきで眺めていた。
「……戯れは
彼が告げると、黒い竜巻を押し退けて噴き出した怒涛の水の中から無傷の海魔が姿を現した。
「あっははは! これ程の相手とやり合うのは久方振りでな。次の一手に頭を悩ませていた。パルシアの大軍を攻め滅ぼした時ですら、もう幾分か楽だったぞ!」
ペルディクスが操る水属性の術の恐ろしさは、〈術を解除してしまう〉力にある。〈水は意志の力の媒介であるエーテルを分散してしまう〉性質を持っており、術によってその性質を強める事であらゆる術を無力化できるポテンシャルを秘めている。
これに類する効果を持つ術を総じて〈解除術〉と呼び、水属性の戦力を定義する強力な術である。
彼女程の術師になればその出力も尋常ではなく、並の術師であれば一つの術も使わせてもらえずに完封されてしまうだろう。
解除術は基本的に〈大物喰らい〉。ある程度格上の術でも解除が可能である為に、エーテルの燃費で圧倒的な優位に立てる。この性質を活かして長期戦を挑み、相手の強力な
だがその点において、クラウディオスは有利な状況にあった。その秘密は彼の発動している【
この術の効果は、端的に言えば〈
故に一度【
恐るべきはその
イスカンダリアという大山に築かれてきた歴史の全てを己のシナリオとし、国に仇なす敵を討つ。それが当代双角王クラウディオス・プトレマイオスの力である。
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