第20話 王としての戦い


あにさま! 帰ってきてたんだ!」


 ステラは跳び上がってハルモニアの下へ駆け寄ると、直前で何かを思い出したようにぴたっと立ち止まる。


「ンァ? どした――」


 不思議がる獣姫の高い腰に、ステラは抱き付いた。ベルから学んだ王族としての振る舞いを早速実行したのだ。

 ハルモニアは一瞬固まっていたが、部屋の中に見慣れない客人を認めて其方に注意を移す。


「そっちの紫のは……よく大灯台に来てたヤツだナ。隣の金ぴかのはなンだ?」

「二人共僕の友人だよ。この間の星降節に僕を助けてくれたんだ」


 ステラの紹介に獣姫はじろっと二人を眺めると、不意に口を開く。


「そうか。弟をよろしくナ」


 ハルモニアはそれだけ告げると、弟の頭をがしがしと撫でてから部屋を出ていってしまう。

 去り際の表情がどこか寂しげだったのが、アルカには印象深く映った。


「兄さまったら、ぶっきらぼうなんだから。初対面の人にはあんな感じだけど、本当はすっごく優しいんだよ」

「お姉さんじゃないんですか? おっぱいも師匠みたいにどーんって!」

 ――アルカは両手を丸く動かして大きな胸を表現する。


「兄さまはアマゾネス人なんだって。知ってるかい? アマゾネス人は〈勇者王ヘラクレス〉と〈不死王アキレウス〉の血を引く人種でね。〈初代双角王〉イスカンダルと同等に神聖な血筋だとされてるんだ」

 ――身内の話になると、ステラは俄然饒舌になる。

「兄さまならきっと、おじいさまの後を継いで立派な双角王になってくれる。ボクの憧れだもの」



 その後も子供同士でありもしない冒険の話をやいのやいのと広げていた三人の部屋へ、隣での会談を終えたジル達が迎えにくる。


「少年、王様。そろそろおいとまするよ」


 アルカは猫のように抱きかかえられてしまい、獣耳をふにゅんと垂らす。


「ステラぁー。また遊びにきますから!」

「待ってる。楽しい冒険の話もね」

「アイサ!」


 別れ際に、今度はベルの方から両腕を開いて抱擁を促した。ステラはそれに応えてから、身体を離して大王の瞳を見据える。


「ベル。アルカは強いやつだけど、君が助けてあげてくれ。そうすれば君達は、きっと誰にも負けないから」

「なれの願い、確かに受け取った。王の名に懸けて叶えてみせよう」


 和やかな雰囲気で一同が解散しようとしたその時。昇降機が上がり、中から一人の天文学者が廊下へと出てきた。

 若い男はクラウディオスを見付けると、緊張した面持ちで近付いていく。


「クラウディオス様。大灯台の天文台より急ぎの伝令です」

「どうした」

「イスカンダリア上空全域に、〈シナリオ異界〉のエーテル反応を確認。同時に街東部の近郊で、〈数万規模の軍隊の錬成〉を観測しました」

「軍隊じゃと……何処の軍じゃ」


 伝令は一瞬口籠る。これから吐き出す自分の言葉を疑うかのように。


「旗の紋章は〈双角の王馬ブケファラス〉――イスカンダル軍のものです」


 報告を受けたクラウディオスも数瞬の間理解に戸惑うが、非常事態において王には一刻の猶予も許されない。


「【銀盾隊アルギュラスピデス】の錬成準備を急がせよ。ワシも大灯台で事実の確認をした後に、部隊の指揮に取り掛かるワイ」


 伝令を行かせると、当代双角王は孫のもとに歩いてその双肩を両手で掴む。


「ステラよ。ワシは王として、この国を守らねばならん。その間、おヌシに課せられた使命はなんじゃ」

「王室の血筋として、自分の身を守る事です」


 普段から言い聞かせてあるのだろう。まだ幼い王子は微塵の言い淀みもなく即答した。


「良い子じゃ。安心せい。ワシが必ず皆を守ってやるからの」


 クラウディオスは立ち上がると、今度はジルに目線を向ける。


「ジルよ。急で悪いが一つ仕事を頼まれてはくれまいか」

「私達でお力になれる事であれば」

「港に行っておヌシの船を出す準備をしておいてくれ。

「国家の危機となれば断れませんね。当然、お代は頂きますが」

「フッ。この国に忠誠を誓いたくなる額をくれてやるワイ。……頼んだぞ」


 クラウディオスはバインダーから術札アルカナを取り出すと、「演技アクション――【王務執行回廊】」と詠唱して目の前に作り出した渦巻く空間の中へと消えていく。

 残されたジルはぱきんと両手を叩いて皆の注意を集めた。


「さてと、それじゃ出航の準備だ。休暇中の皆を呼び戻さないとね」

「そろそろ反乱でも起こされるんじゃねえか? 『うちの船長は俺達を奴隷だと思ってる』ってな」

「人聞きの悪い。家族同然に愛しているとも」


 冗談交じりに昇降機を待つ魔女とフランソワに対し、状況が上手く飲み込めずにいるアルカは焦燥感を募らせる。


「師匠、ステラも一緒に連れていけませんか! 敵が攻めてきてるなら、ボクらが守ってあげないと!」


 少年の方を振り返ったジルは「構わないよ」と優しく答える。


「ただ、王子様の意志はどうなのかな。君は私達にこの城から連れ出してほしいと願うかね?」

「その必要はありません。僕には王族として、ここに残る義務がありますから」


 ステラは選んだ予想外の返答に、アルカはばっと学友の顔を見る。


「何を言ってるんですか! さっき自分の命を守るって――」

「守るよ。だがそれはこの城の中でだ。国を見捨てて逃げるのではなく、〈僕の為に戦ってくれる皆を信じて〉ここで待つ。それが王族としての戦い方だから」


 納得できずに下唇を噛むアルカのそばへ、静観していたベルが寄り添う。


「ステラの言い分は正しい。王が玉座に居る事を信じて、兵は城を守るのだ。零明王の生き様がそれを教えてくれたであろう」


 相棒の言葉に少年もぐっと我儘を抑え、ステラと正面から向き合った。


「……無事でいるって約束してください。もし破ったら、ボクも二度と海の向こうから戻ってきませんから!」

「うん。約束するよ」


 昇降機が到着すると、アルカは歩幅を広げて真っ先に乗り込んでいく。

 ベルはステラに目配せだけで別れを告げると、その背を追っていった。残る三人も昇降機に乗り込むと、扉は閉まって五人を階下へと運んでいく。

 最上階から随分と離れたその時。黙りこくっていたアルカは、堰が切れたように嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

 訳の分からない事態に対する恐怖。正しいと思っていた自分の考えが、大切な友人に受け入れられなかった事への悔しさ。そして何より、仲間に対して酷い言葉を投げ掛けてしまった自分へのやりきれない気持ち。

 隣に立つベルにはその全てを理解する事はできないが、今は黙ってそばに寄り添う。以前に自分がそうしてもらった時を思い出して。


       ◇


 突如王都近郊に出現した軍勢は、東に流れるイスカンダリア河を挟んだ対岸の奥に布陣していた。当世最大級を誇る黄金の福音号ゴールデン・エヴァンゲルでさえ優に二隻は並んで通れるであろう、広大なイスカンダリア河は本来外敵にとって突破困難な障壁となる。

 だが過去の遺物である筈のイスカンダル軍は、黄金の福音号ゴールデン・エヴァンゲルの三倍以上という超巨大アルゴー船二隻に加えて、千人以上を収容可能な大型のアルゴー船を十隻以上も従えた大艦隊を地上に配備していた。


 それに対抗し、街側のイスカンダリア河岸辺では兵士達によって次々と巨大な法陣が展開されていく。大灯台に蓄えられたエーテルを消費し、兵達の退避した岸辺で次々と強烈な光が放たれた。

 現れたのは、美しい銀色の船体を持つ六隻のアルゴー船。各船には全身を銀色の甲冑に覆った五百体の騎士が搭載され、街の城壁内から兵士達によって操作され戦闘を実施する。


 錬金術キミアでの戦闘における到達点。それが〈軍隊の錬成〉である。

 ・登場者キャラクターによる〈兵力の調達〉。

 ・演技アクションによる〈様々な戦術の実施〉。

 ・小道具プロップによる〈兵装の充実〉。

 ・舞台ステージによる〈有利な戦場の展開〉。

 以上の要素を満たす為に〈シナリオ丸々一冊〉を錬成して軍隊を生み出す術を、〈戯曲シナリオ〉と呼ぶ。


 アルタシャタがソロモンの鍵を用いて錬成したシナリオ異界も、まさしくこの戯曲シナリオに分類される術である。

 無論シナリオ丸々一冊を錬成するには膨大な量のエーテルが必要となり、一人の術師がそれを実施するには、理論上数か月分の貯蓄が必要となる。各都市では常備軍としてのシナリオとその錬成に必要なエーテルが日頃から備蓄されており、いざという時には瞬時に万全の防衛体制を整えられるという訳だ。


 だが王都の防衛に当たる【銀盾隊アルギュラスピデス】の総兵力は三千。一万を超えるイスカンダル軍との彼我兵力差では圧倒的に劣っている。

 後は他の要素でその差をどう補うかだ。現代錬金術キミア戦は、単純な兵力同士のぶつかり合いにはならない。数多の効果を持つ術の応酬。その帰結が勝敗を分ける。


 対岸に錬成されていく防衛軍の戦列を、双角の馬の船首像が象徴的なイスカンダル軍の超巨大旗艦〈双角の王馬号ブケファラス〉の船首楼から、一人の偉丈夫が腕を組んで眺める。

 壮年初期の女性だ。側頭部から生える漆黒の双角は、船のいかりやサメのヒレを彷彿とさせる。背ビレ風の形状を持つ兜を長い黒髪の上から当て、切れ長の目つきも相まって武人然とした雰囲気である。

 身に帯びた露出の多い古代式の鎧には自らが退治したという怪物サメの牙が黒塗りにされて無数に貼り重ねられており、その姿から敵に〈海魔オルカ〉と恐れられたのだという。

〈二代目双角王〉ペルディクス。イスカンダル亡き後『最強の者が帝国を継承せよ』との遺言に従い王となった、イスカンダル軍最強の将軍である。


「かつては病により果たせなかった、イスカンダリア河踏破の悲願……此度は必ずや成し遂げ、〈大王の亡骸を取り戻そうぞ〉!」


 海魔が吼えると、周囲の兵士達から地が裂けんばかりの轟声が呼応する。


アララララララァーイ戦闘開始!」


 王の号令が乾いた大地に響き渡ると、沈黙を保っていた巨大な軍勢は一斉に前進を始めた。

 アルゴー船の機動力で戦場を駆ける大軍は、かつて世界の半分を征服せしめた時にも増して別次元の脅威を誇る。

 防衛側は艦船からの砲撃掃射による迎撃を試みるが、その射撃精度はお世辞にも高いとは言えなかった。的の大きい超巨大アルゴー船には命中こそしているものの、あまりに分厚い装甲をくには至らない。兵の練度や装備の質で見ても、王都側が劣っているのは明らかだ。


 大灯台の司令室にて戦況を観測するクラウディオスは、状況を打開する策を探る。


「【銀盾隊アルギュラスピデス】の〈エーテル主砲〉六門全てを使え。目標を敵旗艦に絞り、最大火力を集中させるのじゃ」

「アイ・サー!」


 司令室からの伝令は術による通信で即座に【銀盾隊アルギュラスピデス】をコントロールする術師達へと伝えられ、六隻の艦船に備えられた艦橋の最上部にある大鏡を作動させる。

 大鏡には全方位からの光学及び位置情報を取得する探知機能に加えて、もう一つの役割がある。艦船内部に貯蔵されたエーテルを収束し、熱線へと変換して放出する高火力の主砲――エーテル主砲。並の艦船装甲であれば一撃で蒸発させる、アルゴー船の最終兵器だ。


「クラウディオス様、六門全て発射準備完了です!」

「よし。――撃てえい!」


 遠目に見れば日の出とさえ錯覚するであろう閃光が戦場を照らし、蒸気の立ち昇る焼却音が響き渡った。

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