僕の恋に恋い焦がれ。

美澪久瑠

恋に落ちる。

 桜舞い散る時期、俺…速風 見無はやかぜみなは恋に落ちていた。

 女の子のような名前だとよく言われる。俺の親父が好きな平仮名二文字を組み合わせたらしい。酷い話だ。元々俺は望まれて産まれてきたわけじゃないらしい。それでも俺育ててくれた母には感謝しかない。親父は俺に名前をつけて失踪した。一生恨む…と言いたいが、俺にはそんな余裕なんて無い。


 顔…普通 スタイル…普通 頭の良さ…普通のただの高校生だ。

 見た目は「あーこんなやつそういえば居たな〜」と言われる顔で、髪の毛は染める気がなく、真っ黒なまま。両親は二重だが、俺は一重。なんでだろうな。鼻も高くなく、本当にの顔をしている。


 ごくごく普通の人生だった。平凡な16年の人生が「恋」という名のイベントで崩れる。

 きっかけは?何に?根拠は?

 俺にもわからない。だけど恋をしている。

 意味がわからない。だけど俺の心ではわかっている。

 気持ち悪いだろ?


 俺は今、桜並木がキレイで有名な川の橋にいる。ぼーっと川を見る。

 不意に強い風が吹く。桜の花びらが舞い落ちる。思わず目をつぶる。

「…ッ」

 本当に強い。体が吹き飛ばされそうだ。

「ちょっと…!?大丈夫ですか!?」

 女の子の声が聞こえる。

 目を開けると小柄でタレ目だけど何故かお姉さんのような頼りになる雰囲気を放つ少女が居た。声をかけてくれたのはこの子だろう。パッと見14歳くらいだが…実年齢はもうちょっと高いのだろう。

「あ…えと、大丈夫です…」

 立ち上がりながら言う。少し喉に違和感がある。そんなことは気にせずに今の状況を脳に流し込む。


 あまりの風の強さに尻餅をついていたらしい。

 尻餅をつく瞬間を年下の子に見られていた…ということになるな。

 大の高校生が尻餅をつくなんて…とてつもなく恥ずかしい。

「よかった…目の前で急に尻餅をつくので…びっくりしました…」

 本当に心配そうにして俺の無事を確認すると、ニコッと笑い、

「怪我はないですね!強い風には気をつけて!(笑)」

 そう言い走り去った。

「ありがと…うございます…」

 聞こえていないだろうがそう言い返す。


 緊張のせいなのか、それとものせいかわからないが、声を出そうとすると喉が乾燥してかすれた声しか出ない。

「あー」

 喉の無事を確かめる。普通に出る。何だったんだあれ。


 次の日も、また次の日も、毎日同じ時間に同じ場所で制服姿でぼーっとする。

 この川は海に近いので、風がとても強い。

 この橋にいると、必ず「あの子」のことを考えてしまう。尻餅をついてしまった俺を心配してくれた少女のことだ。

 その子は毎日橋で黄昏れている俺を気にかけて話しかけてくれる。

 まだ名前も知らないし、年齢も知らない。だけどその子と話すと妙にドキドキして、だけどそれを不快だと思わない、心地いい胸の高まりがおきる。

 最初に「あの子」に会ったときよりも声がよく出るようになった。


 ―毎日、ずーっとここに居ますよね!!暇じゃないんですか?

 そう聞かれたことがあった。

 すこしだけしわがれた声で、

 全然暇じゃないよ。川の流れを見ると心が凪いでいくからね…

 と言った。我ながら馬鹿げた回答だと思う。だけど少女はそうは思わなかったらしい。

 ―素敵な感性をお持ちで…!正直羨ましいです…。

 少しだけ暗い顔になったが、すぐに表情を元に戻して、

 ―貴方と話すとすごく楽しくて、時間を忘れてしまいます!

 ―あ!もうこんな時間…!すみません…。用があるのでお先に失礼します。風邪、引かないでくださいね!

 気遣いを残してあの子は去る。


 毎日話していくうちに俺の感情がわかった。

「恋」だ。

 じゃぁ、今まで俺が感じていたものはなんだったのだろう。

 自分の感情が段々わからなくなってしまう。

「恋」とは何なのか、俺は「あの子」をどうしたいのか、一晩中考えてしまう。

 俺は一つの結論にたどり着いた。

「告白」だ。

 告白をすれば俺はこの気持ちにきっと気づけるだろう。馬鹿な考えだけど、その考えにすがるしかなかった。


 いつもの時間、いつもの格好制服でいつもの場所で待つ。

 少しすると「あの子」が来た。

 名前も知らない人に告白するのはどう考えてもおかしい。だけど、この感情を止めることは俺には不可能だった。

 ―こんにちは!相変わらずですね!(笑)

 そう言って、あの子は

 ―よかった…

 と呟いた。あの子は俺がそのつぶやきに気づいていないと思っているみたいだが、全然聞こえる。めっちゃ聞こえた。

 これが俺の日課だから。

 そう答え、切り出す。

「あの!」

 ―?

「名前も知らない人にこんなことを言うのも常識的にありえないけど…この気持ちを止めることはできないんです…」

 ―きゅ、急にどうしたんですか…!?

「驚かせてしまってすみません…単刀直入で言います。」

 ―…


「貴方のことが好きです。」


 あの子は目を見開く。キレイな黒目に桜の花びらが映る。

 ―…ありがとうございます。

 風が吹く。あの子の髪の毛が揺れて、あの子の顔を隠す。表情が見えない。

 ―私がこのお誘いを快諾していました。

「それってどういう…」

 ―「この橋で告白したら平凡だけど幸せな人生が送れる。」という言い伝えは知っていますか?

 聞いたことがない。

「…知らない。」

 ―ですよね…もう20年も前の話ですから…最近は言い伝えとかも消えてしまっているのでね…。

 20年前?この子は一体何歳だ?

 ―先程の言い伝えの語源は私とに、貴方のような、普通だけど優しい雰囲気を醸し出している男性が告白した時に、影で見ていた誰かがそのような噂を流したらしくて。

「それで…?」

 ―先程、生きていたら、と、言いましたよね。

「えぇ。」

 ドク、ドクと、今までのドキドキとは全く違う、胸の鼓動が感じ取れる。

 焦っているのだ。

 何故か?わからない。


 ―死んでいるんです。私。


 生きていたらと言われた時点で心構えはしていた。していた筈だった。

 ドクン、と大きく鼓動がなったと思ったら、頭の中に疑問符が出てくる。

 じゃぁ何故ここに居る?俺が喋っているのは?貴方はナニモノ?

 困惑している。

「死んでるって…貴方は…一体どういう…」

 ―飛び降り自殺しました。

 喉がカラカラになる。

 ―この川から。

 この感情は?

 わかんないよ。なにもわからない。

「飛び降り?え、なんで…いや、その前に何故ここに居るんです…いや…」

 ―時間がありません。私は、何故ここに居れるのかがわからないんです。

 貴方がわからないんじゃ俺もわかんないよ…。

 ―私の憶測ですが…きっと、告白してきてくれた男性のことを恋しく思ってここ地上に来てしまったんでしょうね。


 微笑んで続けて言う。

 ―飛び降り自殺をした理由は…その男性からの精神的暴力がきっかけです。それで心を病んでしまって…だけど、どこか恋しい自分がいました。

「俺と関わったのは…その方と俺が酷似していたから…ってこと?」

 ―そうですね…私は貴方を通して男性のことを見てしまったのでしょう。

 ―告白の返事をしましょう。

 俺の気持ちがなにもわからない。

 ―ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられない。

 俯きながら言う。


 俺は何に「恋」していたのだろう。

 告白したけどわかんなかったな。


「…そうか。」

 ―?

「俺もあなたを通して違うものを見ていたみたいです。」

 ―なにを見ていたんですか?


です。」


 ―じゃあ、私達、同じですね

 そう言い笑うと、

 ―私、用があるので逝きますね。それでは。

 そう言ってどこかへ行った。


 自分の感情探しのために「あの子」を使ってしまった。

 だけど、最後にわかった。


 


「やっぱりわかんないな」

 そう言い、笑った。


 毎日橋で、あの時間に黄昏れる。


 あの子はもう、来てくれない。


〈了〉

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僕の恋に恋い焦がれ。 美澪久瑠 @mireikuru

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