第8話「初陣」
あれからぼくたちは宿に戻り各員部屋で休むことになり、ぼくは眠るとまではいかなくとも横になって目を閉じることで多少は体を休め、頭も整理することができた。
「そろそろ、動きましょう」
空の色が赤から藍へと変わりかけている頃、月守が部屋にやって来た。なんだか彼女の顔が少し暗いような気がする。というかこの街に来て何かを感じ取ってからずっとこんな表情だ。精霊や占いから情報を得るのは月守にしかできないし、負担が大きいのだろう。あまり心労を重ねて欲しくないが大丈夫だろうか。
「わかった、いつでも行けるよ」
冬川も揃い宿の外に出てきた。空はすっかり暗くなったが、この街はまだ眠らないようで賑やかなままだ。通りは昼間のように明るい。
「三人、一緒に行動しましょう」
「わたしもそれが良いと思います」
「ぼくも二人がいてくれると心強い」
自分から手伝わせて欲しいと頼んでおきながらなんとも情けないが、正直もし万が一のときにぼくの力がその場面で通用するのかあまり自信はない。刀を振ったことがあるらしきこともまだはっきりとは思い出せていない。
「この街で南側と言ってもまだ範囲が広いです。できる限り場所を絞っていきます」
「そんなこともできるの?」
「今度は私の方から精霊たちに呼び掛けてみます。精霊の目を通すことで霊気の流れを鮮明に見えるようにして、怪しい場所を探します」
ぼくには異次元の話でもう何が何だかわからないが、月守の力が並外れてすごいことは改めて知った。慣れたつもりでいたが、まだまだこれから先も驚かされることばかりのようだ。
「わたしは探知も探索も全くできないので…美夜、ごめんね…」
「ううん、大丈夫」
それからぼくたちは人目につかない裏路地を中心に怪しい場所を探した。と言っても、探すのは月守でそれに関して何の役にも立てないのが心苦しい。せめてもと邪魔が入らないように周囲を見張ることに専念することにした。
しばらく転々としているうちに、夜はどんどんと更けていった。もう大きな通りにも人気は全くない。この街がかなり広いこともあり、行動を開始してから結構な時間が過ぎていた。今は月の明かりだけでものを見ている状態だ。
「すみません、中々当たりがつかないです。近づいてはいるのですが…」
「一番働いてる人が謝らないでよ、月守さんに比べたらぼくは何もできてない」
「わたしだってこういうことに関しては何もできないし」
月守は責任感がかなり強いらしいということがわかった。唯一霊気による情報収集ができる自分がやらなければと少し躍起になっているのかもしれない。
「もう一度、占いの力を使います。開けた場所まで移動しましょう」
「月守さんは大丈夫なの?霊気をかなり消費するんじゃ…」
「少し休みましたのでもう平気です。それに、今はいくらか情報があるので一回目のときより消費は少なくて済みます。もし悪いものが寄ってきたならそれが当たりです」
「美夜、少し焦ってない? これだけ閑散としてるなら何か起きればすぐわかるし、無理しない方がいいよ」
冬川の言うように月守の焦りは明らかに大きくなっている。夜も更けいつ何かが起きても可笑しくない状況、ぼくも先程から緊張の糸が張りっぱなしだし焦る気持ちはわかる。何かを感じ取った本人である月守ならそれは尚更だろう。だが、
「一旦落ち着こう。緊張感も必要だけど、焦り過ぎるのは却って危ない」
「…でもっ!」
「美夜、何か起きても大丈夫だって。だって、わたしたち二人が揃っていれば怖くないし、紅葉君もいるでしょ?」
「…そう、だよね。せつながいれば安心。私、焦って…」
冬川の声掛けで月守は落ち着きを取り戻したようだ。どうやらこの二人は相当長い時間を掛けてできた固い絆で繋がっているらしいということがわかった。
「紅葉さんも、すみませんでした…」
「気にしないで、大丈夫だから」
ほっとした次の瞬間、
「「っ!!」」
目の前にいる二人の少女がほぼ同時に何かに反応した。
「何かいるっ!」
「悪意の込もった霊気です! あちらの方から!」
ぼくには何もわからなかったが、二人の反応を見るに確実に何かが出現したようだ。恐らく月守が感じ取った精霊たちのざわつき、占いに出た穢れた霊気、その正体。
ぼくも二人の背中を追う形で何かが現れたらしき場所へと向かう。
「ここです、ここから何か…」
少し開けた裏路地に出た。ここに何かがいるらしい。ぼくは鞘から刀を抜きいつでも反応できるように構える。冬川は白い光を、月守は精霊を身に纏いそれぞれ戦闘態勢に入る。
すると奥の暗闇から突如何かが出てきた。今は月が雲に隠れて辺りが暗いのとまだ距離があるのとで良く見えないが、何やら人影のようだ。ローブのようなものを被っていて、様相はわからない。
それはまるで滑るようにゆっくりと平行移動し、やがて動きを止めた。そして雲の隙間から月明かりが溢れ、スポットライトのようにその人影を照らす。その瞬間、衝撃が走った。
その人影には顔が無かった。まるで怪談に出てくる妖怪、のっぺらぼうのようだ。人の形をしていながら顔が無いという何とも言えない不気味なものを目にし、ぼくの身体は強張ってしまった。
ぼくがそれに怯んだのと同じ瞬間、すぐ隣に立っていたはずの冬川の姿が消えていた。横で地面を踏み切ったような音がしたかと思えば、次の瞬間には彼女はもうのっぺらぼうのすぐ目の前にいる。
(速っ! 何も見えなかった…)
「ふんっ!」
そして冬川は横蹴りのような形でのっぺらぼうの胴体に容赦ない飛び蹴りを食らわせた。
「っ!?」
冬川に蹴られたそれはものすごい勢いで後方に飛ばされていく。とそのとき、
「手応えがないっ! これ、生身の人間じゃないです!」
のっぺらぼうを蹴飛ばした反動により未だ滞空中の冬川がそう告げる。要するに、あれは探っていた穢れた霊気の正体そのものではなくただの傀儡のようだ。
「ということは、あれは『ヒトガタ』ということですね」
隣で月守が呟いた。また知らない単語が出てきたが今はそれどころじゃないと気を引き締め直す。
「美夜!!」
「任せて!」
冬川の呼び掛けに応じる月守。彼女が纏っていた精霊たちを四方八方に散るようには飛ばし、空中に円を描くように指を動かすと、飛び散った精霊たちが強く輝きだした。この辺りだけ昼間かのように明るくなり、先程までは暗闇だった奥の方まで見えるようになった。
冬川に蹴られたヒトガタとやらが吹っ飛んでいった方を見れば、それは何事もなかったように立っている。と思った次の瞬間、それは一人から二人、そして二人から四人へと分裂するが如く数を増やした。
増えたヒトガタは冬川と月守の方にそれぞれ一体ずつ、そしてぼくの方に二体が向かってくる。先程は無様にも気後れしたがもう体は動く。自分の身くらい自分で守らなければ二人の足を引っ張ってしまう。そんなみっともない真似はしたくない。落ち着けと自分に言い聞かせる。
(二体は同時に向かってきている。なら、初撃で一体倒して数を減らす)
向かってくるのをぎりぎりまで引きつけ、サイドステップで避ける。そして目の前にいるヒトガタの顔面目掛け剣先で思い切り突く。
(っ! 確かに当たっているはずなのに感触がない…)
冬川の言うとおり手応えが全くと言って無かった。間違いなくこれはヒトではない。
そのままもう一体の方に上段から思い切り刀を振り下ろす。思惑どおりそれは真っ二つとなったがこれも感触はない。
なんとか二体とも倒すことができた。この程度の相手ならぼくの刀でもいくらかは通用しそうだ。
冬川たちの方に目を遣れば、流石の二人はとっくに片付いていたようで、ヒトガタは既に彼女たちの足元でぼろ切れのようになっていった。
ヒトガタたちは動かなくなったと思えば、地面に染み込むように消えていき、また新たなものが別の場所から湧いてくる。今度は更に数が増えている、いや増えているどころかこれはもはや数えきれない。
「もしかして、これってどれだけ相手しても無駄って感じ…?」
「わたしも、そう思います…これじゃいくら倒してもきりがないです」
「術者本人がいるならまずはそこをどうにかする必要がありそうですね…」
(そうは言っても、どうやってどうにかするんだこれ…)
正直かなり厄介だ。数はどんどん増えるし、元を特定しようにも、無尽蔵に出てくるヒトガタを無視するわけにはいかない。かと言って、こいつらの相手をしているうちに術者が別の場所で悪さをする可能性もある。どうしたらいいんだ…どうすれば、
「せつな! 紅葉さん! 私がなんとか術者を探すのでっ、邪魔が入らないようにしてくれますか!」
「紅葉君! わたしが前に出るから、美夜を守ってくださいっ!」
「わ、わかった!!」
月守の一声でぼくは我に返り、そして各員のやることが決まった。こいつらを操っている術者を月守が探し、二人でサポートする。冬川はヒトガタの群がりの中へと突っ込んでいき、ぼくは月守を守るために彼女の側で刀を構える。
冬川はヒトガタの大群を物ともせずに蹴散らし、こっちに近づかないようにしてくれているが、それでも抜けてくるものや目の前に突然現れるものがいるので、その度に持っている刀で応戦する。あの神出鬼没さと数だ、一瞬も油断できない。集中している月守を何としても守らないと。
(役に立て、二人の! ぼくは、二人の助けになりたい!!)
改めて覚悟を決めたそのとき、
「っ!?」
突然、握っていた刀が震えだした。そして震えが収まったかと思うと、今度は刀を中心に渦巻くように風が吹き荒れる。本当に不意の出来事でその場にいた全員の動きが止まった。
その風はヒトガタたちを巻き込み、凄まじい勢いで引き寄せている。引き寄せられたそいつらは渦の中心、刀にどんどん吸い込まれていき、全てのヒトガタが吸い込まれると次第に風は止み、ほとぼりを残しながらも消えていった。
「紅葉君、今、何が…」
「ぼくにも、わからない…」
何が起きたのか、その場の誰もそれの答えを自分の知識の中に持ち合わせていない。
「穢れた霊気の、気配が消えた…」
呟くように月守が言った。気配が消えたということは術者はどこかに逃げてしまったということだろうか。あのヒトガタは刀に吸い込まれていってしまったし、もう何が何だがさっぱりだ。
「ひとまず、何か痕跡が残ってないか見てみましょう。紅葉君、そのまま美夜を頼みますね」
この場を調べようと冬川が足を踏み出す。その瞬間、
「「「っ!!!」」」
突然、激しい轟音を立て三人の目の前に何かが飛んできた。
「…見つけた」
あまりにも急なことで再び体が硬直してしまった。土煙が晴れていき、だんだんその何かの姿が見えてくる。
それは黄味がかった朱色の髪を携えた少女だった。その少女は両手に二本の小太刀を持ち、鋭い視線でこちらを睨んでいる。いつ彼女に斬りかかられても可笑しくないと思った次の瞬間、少女の姿が掻き消えた。
避けなければと強張る体に力を入れようとしたときには、もう目前に少女がいる。頭の中には『死』の一文字だけが浮かび観念するしかないと思ったそのとき、冬川が突如目の前に現れ、少女の小太刀を前腕で受け止めた。
「誰ですかあなた! いきなり何するんですっ!」
「あなたたちでしょ! あのヒトガタ出してたの!」
察するに、ぼくたちがあののっぺらぼうの元凶だと思ったらしい。だが、その少女はカッとなっているようで話が通じそうな気はしない。
朱髪の少女と冬川は鍔迫り合いのような形でせめぎ合っている。
「せつな! 離れてっ!」
月守の声掛けで冬川が動いた。少女ごと小太刀を押し出し、そのまま後方に跳び退く。すると月守がすぐさま紙の御札を懐から取り出しそれを投げた。投げられた三枚の御札は少女を囲むようにして宙に浮き、月守が両の手をうち鳴らすと、紫色に光りだす。
「うっ…」
朱髪の少女は一瞬呻き声を上げたかと思えばそのまま意識を失ったようで前から倒れた。
「月守さん、今のは…?」
「手荒になってしまいましたが、意識を奪いました…加減する余裕がなかったので、いつ起きるかは…」
どうやら月守の操る精霊は情報収集だけでなく戦闘に関しても強力らしい。
「彼女、どうします?」
「とりあえず、連れて帰ろう。置いていくわけにはいかないし、あのヒトガタとやらについて何か知ってるかもしれない」
「私もそれが良いと思います」
こうして、時間にして五分もなかったであろうこの世界に来て初めての戦闘が幕を閉じた。
移りけらしな紅葉の色は かたぎりしゅーたろー @katagiri_syu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。移りけらしな紅葉の色はの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます