第5話「刀」
目蓋を貫いてくる陽光に目を覚ましてそっと体を起こす。窓の外を見ると丁度空が朝を迎えているところらしい。
「起きたはいいけどどうするか」
特にやることはないがとりあえず外に出てみようと思い襖を開けて廊下に出る。襖を閉めたところで黒い長髪が目に映った。
「おはようございます、紅葉さん。丁度お部屋に行くところでした」
「ああ月守さん、どうかした?」
何か用事か、それとも実は結構な昼時まで寝てしまっていたのかと考えていると月守は手に持っているものを差し出してきた。
「着るものをお持ちしました、こちらなら男の人も着れるかと思いまして。あ、履き物も玄関にありますからね」
どうやら着物のようだ。そういえばぼくはこの世界の服をまだ持っていなかった。確かにこれからの生活のことを考えると、この世界に馴染むためにも必要かもしれない。ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちが混じりながらもぼくはその着物を受け取った。
「何から何までありがとう」
「いえいえ、余っていたものですから」
ここまでしてもらって本当に申し訳ないが、今は頼るしかないのも事実であって、しばらくはこんな調子で世話になってばかりになりそうでなんだか気が重い。できるだけ早くこの借りを返そう。
「顔を洗ってきてもいいかな」
「はい、裏の水場をお使いください。私はせつなを起こしてきますね」
顔を洗い終え再び家の中に戻り居間に入ると、冬川も起きてきたようで二人が揃っていた。
「おはようございます、今お茶淹れてますからね。あ、その服中々似合ってますよ!」
「ありがとう、そういえば二人に聞きたいんだけど、ぼくが倒れていたのってどの辺りなんだ? 行ってみたいと思って」
「あー、それだったらこの山の奥の方ですけど…」
「あの辺りは私の結界の外ですので安全は保障できないです…昨日も言ったとおり何が起きるかわかりませんから」
もしかしたら何か手掛かりが残っているかもしれないと思ったが、やはり難しいか。
「でしたら、わたしたちも付いて行きましょうよ」
「私もそれがいいと思います」
大人しく諦めようかと思っていると二人がそんなことを言い出した。
「でもそこまで付き合わせるのは申し訳ないし……」
「いいんです、わたしたちも記憶喪失や異世界に渡ってしまう現象の謎とか色々と気になりますし」
「朝御飯を食べた後三人で行きましょう」
「あ、ありがとう」
重要な手掛かりがあるとは限らないし二人に付き合わせるくらいなら行くのを止めようと思っていたのだが、半ば強引に二人と一緒に行くことになった。また借りが増えてしまうが正直とてもありがたいし心強い。
そして朝食を食べ終え三人で家の外まで来た。
「そうだ紅葉君、念のため護身用にこちらをお持ちください」
そう言って冬川は何かを手渡してきた。それを受け取り被されていた布を取ってみると、一本の刀が姿を見せた。
「これは、ぼくが持っていてもいいものなの?」
不法所持という言葉が一瞬頭をよぎったが、言った後にここが別世界であることを思い出した。
「骨董品好きの祖父の収集物なんですが、わたしは刀と相性が良くなくて、わたしが持っていても仕方ないので…」
「そうは言っても……」
「持っているだけでも違いますから」
「まあ、そういうことなら…」
確かに手ぶらかどうかでは全く違うだろうけどなんだか気が重い。とは言っても素手よりはましなのは確かだし、そのまま受け取ることにした。
「確かその刀、何か特別な力があるって言ってませんでした?」
「あ、そうでした、そうなんですよ。その刀、どうやら強い願いが込められているようで精霊が宿ってるんですよ!」
「精霊が、これに…」
冬川の言葉を聞いて確かめるようにその刀をまじまじと見てみるが、変わったところはない。だけどなんだろう、どこか懐かしいような気がしてきた。
「その刀、どうやら意思を持っているようで持ち主を選ぶんですよ」
「どういうこと?」
「ちょっと貸してください。こんな風に…」
冬川はその刀を鞘から出そうとする。が、
「ふんっ! ぬうぅ……」
刀身が少しだけ姿を現したが、それ以上は抜けないようだ。
「っ!」
やがて冬川が力を抜くとまるで超強力磁石で引き寄せられたかのように再び鞘の中に戻ってしまった。
「こんな感じで認めてくれた相手じゃないと抜刀すらさせてくれないんですよ」
「本当に生きているみたいですね」
「実際に目にするとすごいな、精霊の力って…」
「まあこのままでも殴打には使えますし、持っていてくださいよ」
「ああ、ありがたく…」
あれを見た後だと持っているだけでも刀に何かされないか不安になるが、断るわけにもいかず再び受け取る。
改めて触ってみるとやはりなんだか懐かしいような気がする。けれども頭の霞は晴れないままだ。なんだろうこれは、ぼくの記憶に繋がっているということだろうか。頭の中が霞で満たされる感覚が気持ち悪い。
「紅葉君、大丈夫、ですか?」
「顔色が良くないですよ?」
「あ、ああ、うん。大、丈夫…」
どうやら気分が悪いように見えたみたいで二人が心配そうに声を掛けてくる。体調には問題ないがこの刀とぼくの記憶の関係は気になる。
なんとなく、柄に手をかけてみる。はっきりとは思い出せないが、懐かしい感じは強まったような気がした。そのまま刀を鞘から抜いてみようと力を入れる。すると刀は何の抵抗もなく鞘から姿を見せた。
「「えっ…」」
そのまま刀身の全てを露にする。
(質素だが、綺麗だ……)
やはりそうだ、剣を持ったのが初めてな気がしない。そしてこのまま振ってみたくなってきた。少し歩いて二人と距離をとる。
上段から斜め下に刀を振り下ろし、そのまま真横に払う。そして一度手を引き刀を前に突き出す。ぼくが刀を振ると空を切る音と共に木の葉や花弁が風に舞った。
どうやらこの懐かしい感じは気の所為ではないようだ。間違いなく、ぼくは刀を握ったことがある。思い出せたわけではないがそれはわかった。余韻を感じながらもぼくはそのまま刀身を鞘に納める。
「ど、どどどういうことですか紅葉君…」
「鞘から、刀を…」
「え? あっ…」
頭の霞のことで夢中になっていたが、そういえばと自分が抜刀していたことに気がついた。
「その刀に認められた、ってことですか…」
「それに先程の素振り…剣術の心得が?」
二人とも困惑しているようで開いた口が塞がらないといった様子だった。当然だ、マレビトと呼ばれる冬川でも抜かせてもらえなかった刀に認められたと思いきやいきなり目の前で刀を振りだしたんだ。ぼくが逆の立場でも同じようになっていただろう。さっきは剣に集中していたが、落ち着いてくると自分でも何が起きたのか良くわからなくなってきた。
「いや、ぼくにもわからない…少なくとも記憶にはない、けど何だか初めて触った気がしなくて…」
まずい、怪しまれただろうか。身元もわからない男が剣を振りだしたら怪しいに決まっている。恐る恐る二人の顔を見ると、
「頭では忘れても身体は覚えているってことですか!? めっちゃかっこいいじゃないですか!」
「あちらの世界では剣の達人だったんでしょうか? すごいですね!」
どうやら杞憂だったらしい。とりあえず家を追い出される様子はなさそうで良かった。
「ならその刀はそのまま紅葉君に差し上げます!」
「ありがとう、いいのかな…?」
「その刀は紅葉さんが良いみたいですよ」
この刀がぼくのことを認めてくれた理由はわからないが、なんだか嬉しい気持ちは正直、ある。
「それでは戦力が増えたところでそろそろ出発しましょう!」
「目的地はあちらをまっすぐ進んだ奥にあります」
「うん、行こう」
そうして、ぼくたちは冬川と月守がぼくを見つけたという場所に向かって行った。
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