第2話「起きたらそこは」
ゆっくりと意識が浮上していき、目を覚ますと木造の天井が目に入った。見覚えのない天井に首を動かして辺りの様子を見てみる。
「…ここ、どこだ」
畳に襖、如何にも和風といった部屋だ。己の現状を理解できないまま身体を起こしてみると、窓から差し込んできた日光が顔を照らした。窓の外を見てみれば、紅い葉をちらつかせる木々の群がりが見える。
ここは山の中なのだろうか、自分はどうしてここにいるのだろうかなどと考えていると、不意に部屋の外から声を掛けられた。
「入りますよー」
返事をする間もなく開けられた襖から入ってきたのは、柔らかな白い髪を携えた可憐な少女だった。
「もう目が覚めたようですね。気分はどうですか」
「あ、ああ…」
声を掛けてくる彼女にそう返しながらも、未だ状況がわからず困惑していた。
「いやー、それにしても吃驚しましたよ、森に行ったら人が倒れてたんですもん」
「え、森に?」
白い髪の少女にそう言われて、どうにか目を覚ます前のことを思い出そうとしてみるが、まるで頭に霞がかかっているかのようで何も思い出せない。
「ごめん、生憎何も覚えてないんだけど…とにかく助けてもらったみたいで、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
感謝を伝えると彼女は素直に受け取ってくれた。が、まだ疑問が何一つ解決してないままである。
「そうだ、ここってどこだ…?」
「ここは北雲山にある私の家です」
北雲山…? 聞いたことがない場所だった。まだ頭の整理ができてない。
「そういえば、私まだ名乗ってませんでしたよね。私は〈
「ぼくは……えっと、ぼくの名前は…、名前…」
今度はこちらが名乗ろうと思って口を開くが、いざ口に出そうとすると自分の名前が出てこずに口をぱくぱくさせることしかできなかった。
「…もしかして、自分の名前がわかりませんか…?」
ぼくの様子を見て若干顔を青くした冬川がそう問いかけてくる。ぼくは無言のままゆっくりと頷いた。
「何か、覚えてることはありませんか? 住んでいる場所とか、家族や友達の名前とか…」
恐る恐る聞いてくる冬川。ぼくは必死に何か思い出そうとしてみる。が、
「…わか、らない……」
思い出そうとすればするほど頭にかかっている霞は濃くなる一方だった。
「ぼくが誰なのか、なぜその森にいたのかも、何も思い出せない…」
「……」
これには冬川も表情が凍りつき固まっている。非常に気まずい空気が部屋を包み、数秒の間二人の間に沈黙が流れた。
やがて、気を取り直すように冬川が再び口を開いた。
「えっと…どうやら記憶が失くなっているみたいですね。今は混乱しているかもしれませんが、まずはゆっくり休んでください。話は落ち着いてからにしましょう」
「う、うん、ありがとう。そうさせてもらうよ…」
そう言って冬川は部屋を後にした。考えてみれば、森に倒れていた見知らぬ男が何者かもわからないんだ、彼女だって状況を理解するには時間が必要だろう。
そしてぼくはとりあえず再び横になった。自分がいったいどこの誰でなぜこの場所に来たのかもわからないという絶望的な現実は少し、いやかなり受け入れ難い。けれど、これが悪い夢などではなく本物の現実であることは間違いないのだろう。
未だ困惑が残るも少しでも頭と心を落ち着かせるためにぼくは目を瞑った。
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