第622話 判定基準

夕乃の言葉に監視員たちがざわめき始めた。

来ているものは確かにカレンがくれたもので、

おそらくサタン関連の服だったのだろう。

カレンはこの服の価値を全く気にしていなかったが、

この服を着ているということはサタンの関係者であり、

それもかなりサタンと近しい関係であるということになるようである。


夕乃はこれでもう行けると思ったのか、

それでは失礼いたしましたといって、

この場から立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってください!

我々では判断できかねますので、

申し訳ありませんが今しばらくお待ちいただけないでしょうか」


すでに別の監視員はどこかへ走り出している。


「いえ、こちらの不手際で必要なものを忘れておりますわけですから、

そちらに御足労をおかけする訳にはまいりません……」


夕乃はいつもの声とは全く違って、

少し声を低くして落ち着いてゆっくりと話す。

いつの間にはその声に引き込まれるようになってしまう。

そして慇懃無礼な丁寧さが、

逆に夕乃の格を上げる。

すでにサタンの関係者だと信じて疑っていない監視員は、

この夕乃の声の凄みに魅了されている。


「申し訳ありません。

私どもといたしましても、このままお返しする訳にはまいりませんので、

今上長の方に確認をとらせていただいております。

すぐに到着すると思いますので、

あと少しだけお待ち願えないでしょうか」


もし緑箋たちが本当にサタンの関係者だった場合、

このまま帰してしまうようなことがあれば、

レヴィアタンからだけではなく、

サタン側からも大問題とされてしまう可能性が高い。

レヴィアタンもサタンも、

この程度の検問は自由にすることができるはずである。

しかも単なる配達人ではなく、

明らかにサタンに近しい関係者である確率が相当に高い。

一回の監視員程度ではどうしたらいいのか決定できない事態である。


すーっと音も立てずに、

監視員たちの上長のような魔族が現れた。

身なりがかなりしっかりしている。

上長は緑箋たちの格好を一目見ただけで、

近くに来るなり片膝をついた。

そして周りの監視員たちにも同じようにするように促した。


「大変ご無礼をいたしました。

ここを通行することに何の問題もございません。

知らぬとはいえ、

大変お時間を取らせまして、本当に申し訳ありませんでした。

今回のことは徹底して、

今後同じようなことがないように、

再発防止に努めさせていただきます。

ですのでこの度の失態のことは何とぞ、

ここだけのお話としていただきたいのですが……」


上長だけあって、

カレンのくれた服がどれだけすごいものかという価値を知っているのだろう。

とにかく下から下から謝り続けることにしたようである。


「こちらもしっかり準備していなかった訳ですから、

今回のことはなかったことにしていただけると、

こちらとしても嬉しいです」


夕乃はそう言ってにっこり微笑みかけた。

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