第609話 穴も終盤

忙しい遼香にとってはこんな時間はなかなか取れるものではない。

昔は自由奔放に好きなところへ行って、

好きなことをしていたはずなのに、

いつの間にか雁字搦めに縛られて、

やりたくもないことをやり、

会いたくもない人と会い、

知りたくもない情報を入れられ、

決めたくもないことを決定させられている。

もちろんその全てが国民のため、

世界のためであることは遼香が一番知っている。

遼香という器だからできると言っても過言ではない。

だが遼香が今この立場で我慢できているのは、

実は姉の存在が大きい。

姉の遥香は遼香のような自由奔放さもなく、

それほどの魔力を持っていないにも関わらず、

国民には絶大な信頼と人気がある。

遥香の存在なくして、

遼香の今の存在がないと言っても過言ではない。

しかしそれは遥香にとっても同じことである。

遼香の支えがあるから遥香の実現性が増しているのである。


奇跡の双子が日本にいることが日本の今を支えているし、

その奇跡が世界にとっても好影響を与えている。

それが身を結ぶ時も実はそこまで来ているのかもしれない。


そんな国の中心の一人であるはずの遼香は、

今もなお魔法の鍛錬を欠かさない。

戦闘狂であると他の三人は信じて疑いの余地もないのだが、

実は他の三人もまた側から見たら戦闘狂である。

正確には戦闘が好きというよりも、

魔法の深淵に興味を持ち続けているということだろう。

普通の人間ならばある程度の魔法ができれば満足してしまうし、

あまりにも巨大な魔法を見てしまうと、

自分の限界を感じてしまうことが多い。

そこで諦めてもある程度の魔法が使えるのだから、

便利なことには変わりがない。


自転車を乗るように魔法を使うことができるこの世界において、

じゃあ自転車に乗れるからプロレーサーになろうと思わないように、

魔法が使えるから大魔導士になりたいと子供の頃に思った夢を、

追い続けて魔法を鍛錬するものは少ない。


緑箋のように魔法に強い憧れがあり、

魔法を使える楽しみを知ってしまった人間は、

この世界では強い。

緑箋はまだこのことを自覚していないが、

その発想力と構成力と探究心で魔法を使える楽しみを感じ続けられている。

まだまだ知らないことばかりということは、

まだまだ楽しいことばかりである。

この穴の中でもみんなから新しい魔法の概念を吸収し、

自分の魔法やスキルへ反映させ続けていた。


さあ、そんな穴の中の生活もそろそろ終わりが近づいてきている、

ような気がしてきた。

魔王島まではもう半日を切っているはずだった。

長い時間をかけて四人はしっかりと対策を練っていた。

カレンたちからもらった服もしっかり傍に置いて、

いつ魔族が現れてもいいようにと警戒度を上げている。


この穴の通路がどのように魔族に考えられているものなのかわからないが、

今のところは厳重警戒されているような気配もない。

まさかこの長い距離をこの穴を通してやってくるとは夢にも思っていないのだろう。

逃げることに必死だったということもあるのかもしれない。

その一瞬の油断が命取りになる。

魔族たちにとっては綻びが見え始めていた。

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