第592話 無月の変化

「いやいやいやいや、なかなかすごい戦いだったじゃないか。

初めてにしちゃあいいセンいってたと思うぜ。

この調子でこれからも頑張ってもらえると、

俺としても嬉しいんだがなあ」


緑箋は遼香を見るが、

遼香も緑箋を見る。

声の方向は明らかに遼香ではないし、

遼香の声でもない。

もちろん緑箋の声でもない。

遼香も反応しているところを見ると、

緑箋だけに聞こえているわけでもないらしい。

二人は新しい敵がいるのかと辺りを見渡すも、

敵の存在は感じられない。


「おいおい、どこ見てんだよ。

ここだよここ。

ずっと一緒だったってのに、

気が付かないのかよ。

薄情なもんだなあ」


声の先は緑箋の腰辺りである。

緑箋は遼香に支えられながら立ち上がって腰を確認する。

龗ではない。

腰にあるのは無月である。


「そうだよ、やっとわかったか。

俺だよ。無月だよ」


緑箋と遼香は顔を見合わせた。

無月が、刀がいきなり喋り出したのである。


喋る剣、インテリジェンスソードとも呼ばれる武器の歴史は、

実はかなり最近である。

マイケル・ムアコックの1972年の小説、

「エルリック・サーガ」に出てくるストームブリンガーがその元祖と言われている。

ちなみにファンタジー小説の元ネタ、

トールキンの「シルマリルの物語」(1977年)にも、

グアサングという武器が登場する。

出版年からしたらストームブリンガーの方が初出ということになるが、

トールキンはかなり前から作品を書いていたので、

構想としてはトールキンの方が古かったという話もある。

まあどちらにしてもこのあたりに考えられた概念である。


この武器は両方とも恐ろしい攻撃力を持っているが、

どちらも持ち主を不幸にするという武器であり、

妖刀、魔剣の一つでもある。


この辺りの魔剣の要素は、

北欧神話のテルフィングやダーインスレイブなどの影響を受けている。

武器を抜くと誰かを殺さないといけなくなり、

持ち主に不幸が訪れるという要素がある。


インテリジェンスソードという呼び名は、

これまたTRPGの始祖、D&Dがルール化したことで定着したそうだ。


それにしてもなんでもありの神話や伝説の世界でも、

武器が喋るということはあまりなかったようである。

そもそも物が喋るという概念自体があまりないのかもしれない。

付喪神になって物が喋るということはあるが、

物が喋るというよりは物が妖怪になって喋るという感じなのだろう。


さて、このインテリジェンスソードの概念は、

その後多くの作品影響を与えているのはいうまでもないだろう。

武士の魂である刀が、

いつしか持ち主と会話できるような存在になるというの面白い話である。

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