第589話 撤退命令

レヴィアタンの体内に魔力が流れ込んでいく。

自分の魔力を体内で爆発させるつもりなのだろう。

再生能力が高い魔族であっても、

これではひとたまりもない。

そしてその威力は計り知れず、

この辺り一体もひとたまりもない。

半端な防御魔法で防ぐこともできず、

撤退した方が安全である。


「全員即時撤退。

魔法軍は寮内の人間の撤退を優先。

その後は自分たちも安全な位置まで下がるように。

隊長、咲耶ちゃん、代田、

みんなを安全なところまで下げさせてくれ」


遼香は撤退の指示を出す。


「緑箋君は!?」


咲耶が叫ぶ。


「僕は大丈夫だよ。

さあ、危ないから早く遠くへ」


緑箋はもう自分のやるべきことがわかっている。

遼香もそれをわかっていて、

緑箋には撤退の指示を出していない。

最善策を取るのが遼香の務めである。

そして遼香はその可能性が一番高いことを知っている。


咲耶はその様子を見て、二人のことを信じた。

自分が一番信じないで、

誰が二人のことを信じるというのか。


「絶対無事に帰ってきてね!」


咲耶の未来視は万能ではない。

この爆発の行方はわからなかった。

ただ二人のことを信じて、

咲耶はみんなと共に避難する覚悟を決めたのだ。


緑箋と遼香は守熊田と咲耶と代田に手を振ると、

三人もそれに答えた。


「さあ、時間がない、いくぞ、緑箋君」


「わかりました」


方針はいくつかある。

レヴィアタンをここから何もないところまで飛ばすという方法である。

まず考えられるのは空中か地下か海上という事になるだろうが、

どれも実行した後の被害が計り知れない。

衝撃派や地震や津波による被害の方が酷くなる可能性がある。


防御壁で囲うというのはすでに行われている。

緑箋と遼香たちの周りはすでに防御壁で囲まれていて、

爆発の被害を最小限度にしようとされている。

ということは実は緑箋たちはここから逃れられないということである。

しかしそれはすでに二人も覚悟の上である。

どちらにせよ爆発を防がない限り、

被害は抑えられないのだ。


二人が残ったのはもちろん無謀なわけでもないし、

自己犠牲を見せるだけのものではない。

二人には魔族を倒すという使命が与えられているのだ。

二人に与えられた武器がその使命を担っていることを教えてくれている。


緑箋も遼香もこの武器を持った時から何らかの運命を感じていた。

レヴィアタンの運命が今日悪い方向へしか転がっていないのであれば、

緑箋と遼香の運命もまたどこかの方向へ転がり続けているのだ。

予言を受けた時から遼香はその運命の方向を感じていたし、

緑箋も同じように感じていた。


予言は実際に起こった。

だが遼香は死ななかった。

遼香の運命の歯車は止まることなく、まだ回り続けている

そして二人はその歯車は今止まる時ではないということを確信していた。

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