第574話 よく晴れた日

よく晴れた日だった。

朝から雲ひとつない青空である。

朝食を食べたあと、

緑箋は寮の外に出て体を伸ばしていた。


「今日は気持ちのいい朝だね」


遼香が話しかけてきた。


「いや本当に。

今日も何事もなければいいんですけどね」


そこにカレンたちもやってきた。


「もうお出かけですか?」


「はい、今日も作業がたくさんありますので」


「三人揃っていたらなんでもできてしまいそうですね」


「私たちも精一杯やらせてもらってますよ!」


ゾードとザゴーロは力こぶを作ってみせた。

肉体と魔力の均衡が取れている。

カレンたちはいってきますと笑顔で挨拶すると、

青空の中へ消えていった。


「緑箋君はまだ空は飛べないのかい?」


「残念ながら。

人間が空を飛ぶなんてことはあり得ませんからね」


「緑箋君にもできないことがあるというのは、

ある意味希望かもしれないな」


遼香は大きな声で笑った。


「僕にはできないことしかありませんよ?」


「いまだにそう思えているところが緑箋君のすごいところだなあ」


「遼香さんはなんでもできますもんね」


「ははは、そうだな。

私にできないことは何もないよ!」


青空の元二人の笑顔が輝く。


「私もいるってこと忘れないでくださいよ!」


遼香の影が急に喋り出す。


「大丈夫ですよ、忘れてませんから」


遼香の影にいるのは夕乃である。

夕乃はずっと影として張り付いている。

姿を表すのは、寮で食事をしている時か、

訓練をしている時くらいである。


「それならいんですけどね。

寂しくなっちゃいます」


「でも夕乃さんは喋っちゃいけないんじゃないですか?」


「いいところに気がつきましたね。

その通りなんですよ!」


それでも夕乃は大きな声で喋り続ける。

遼香は別に気にしていないようで、

いつもこんな感じである。

遼香は遼香で新しい喋り相手ができた程度にしか思ってないのかもしれない。

こういう事態だというのに、

いつもと変わらずに生活しているし、

誰もそのことに気にしないように生活している。

気を張りながら気を張らない生活というのにも、

みんな少しずつ慣れてきていた。


「もーこんなところにいたんですか?

探しちゃいましたよ」


朱莉もやってきた。


「なんだ?出勤までにはまだ時間があるだろう?

何かあったのか?」


「何もないですけど、

こんな事態なんですから、

姿が見えなかったら心配もするでしょう?」


「私がいるよ!」


「夕乃さんがいるのは分かってますけど、

それでもなんか心配なんですよね」


その心配は緑箋にもなんとなくわかる。


「私じゃ頼りないっていうのね!」


夕乃は影の中で泣くような仕草をしている。


「夕乃さん以上に有能な人はいませんよ。

ああ……」


朱莉は言ってからしくじったと気がついたが、

時はすでに遅かった。


「もう……朱莉ちゃんってば、

やっぱり夕乃のことが好きなんだね」


「好きですよ、好きですけど、

ちゃんと影にいてください」


二人の様子を見てみんなが笑っている。

その時、緑箋の端末に連絡が入った。

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