第561話 寄り添ってくれる龗

緑箋は堂々巡りの考えから抜け出せずにいた。

すると龗が腕を引っ張った。

龗がこんなことをするのは珍しいことである。


「どうした?お腹空いたのか?」


確かに食事の準備中であった。

緑箋は龗に連れて行かれるように部屋を出て、

食堂でみんなの手伝いに参加した。

みんなは何事もなかったかのように、

自然と緑箋を迎え入れて、

みんなで食事の準備を続けた。


今日は和風の献立である。

イギリスからみんなが帰ってきたということで、

わざとより和風の献立にしてくれたようだ。

焼き魚に卵焼き、山菜のおひたしに、

具沢山のお味噌汁である。

食卓にはまさに日本の夕食という献立が並んだ。

みんなが揃って席に着いた。


「いただきます!」


声と手を合わせて食べ始める。


「今日は、ゾードさんとザゴーロさんが卵焼きを焼いてくれたんですよ」


たえが嬉しそうに説明してくれる。


「ちょっと失敗しちゃってごめんなさい」


などと言いながらも、ゾードとザゴーロも嬉しそうである。

それを聞いたカレンが早速一口卵焼きを食べる。


「焼き色もバッチリだし、

ふわふわで美味しいです!」


カレンの素直な感想に、二人はほっとした表情を見せる。

緑箋と代田も美味しい美味しいと口いっぱいに卵焼きを頬張った。


「実はみなさんが旅行中にいっぱい練習したんです」


「ちょっと、たえさん、それは内緒ですよ」


「でもたえさんの教え方が上手だったので、

私たちも結構上手くできたかなって思います」


いつの間にかたえとゾードとザゴーロは打ち解けているようである。

カレンも代田もどこか親のような感覚で見守っていて、

とても嬉しそうだった。


そんなふうに和気藹々と夕食を食べていたら、

龗が食事を終えて緑箋の頭の上に乗ってきた。


「あらあら珍しい。龗ちゃん。

今日はそこが落ち着くのかしら?」


たえはいつもとは違う龗の行動に気が付く。

確かにたえの言う通り、

今日の龗はどこか落ち着かないようである。

緑箋の頭の上で背中を叩くように尻尾を軽く打ちつけてくる。

緑箋は龗が何かイライラしているのかと思ったが、

優しく背中を撫でるように打ちつけてくるので、

その意図がなんとなくわかってきた。

龗が緑箋の気持ちがわかるように、

緑箋も龗の気持ちがわかるようになってきた瞬間であった。


龗はずっと一人で考えている緑箋のことをどうにかしてあげたいと思っていたのだ。

そして一人ではないことに気が付かせようとしてくれていたのだ。

龗は緑箋の背中を文字通り押そうとしていたのだった。


緑箋は堂々巡りで自分の中で考えていたことが、

龗に通じてしまっていたことに気がついた。

そして自分は一人ではないことを、

龗が教えてくれたのだ。

緑箋を一人にしないとそっと龗は寄り添ってくれているのだ。

緑箋はご飯を食べ終わると、

みんなに聞いてほしいことがあるといった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る