第505話 シルヴィアの期待と緑箋と

「カレンさんも日本語は習ったんですか?」


「そうですね。上級の中では必須の項目でしたね。

中には人間のなんかというような魔族もいますが、

私は母の影響で学ぶのは好きだったんです」


「そういえばお母さんはどこの国の人か言ってたんですか?」


「いいえ。詳しい話は私も知らないんです。

それについては母も触れられたくなさそうでしたし、

私もいつしか聞くのが憚られるような感じがしてきましたので、

尋ねてはいけないような感じになってしまっていました。

それでも他のいろいろな話を聞いたりはしていたので、

こちらの世界のお話を聞くこともありましたし、

学校で学ぶこともありましたので、

私も日本語はとても興味がありました」


魔族がなぜ人間の言葉を学ぶのかといえば、

それは明らかに人間を騙したり取り込んだりするためであろう。

この辺りは簡単に魔法を使って習得することも可能であるが、

上級魔族たちにとっては道具として人間の言語を学んで、

それを利用することが面白いのかもしれない。

改めて緑箋はこの世界で良かったと思った。


「実を言うと私はね、緑箋さんと会えるのを楽しみにしてたんですよ」


シルヴィアが笑顔で話した。


「僕のことをご存知だったんですか?」


「そりゃそうですよ、

遼香に土をつけたと言う話なんですからね」


「あの話が結局漏れてしまってね。

緑箋君には悪いが、結構魔法使いの中で緑箋君は有名人なんだよ」


遼香との戦いはある意味模擬戦でしかないので、

遼香自体もまだまだ本気ではなかったのだが、

それでも負けたと言うことはかなりの衝撃だったようである。

緑箋の希望で隠して欲しいと言う話になったのだが、

遼香にとっては別に隠す必要のない結果で、

何にも恥じていないし、

なんならみんなに見てもらいたいと思う戦いでもあったので、

この情報をみんなが知っていることにはなんの感傷も持っていなかった。

緑箋との戦いの映像自体はどこにも漏れていないので、

決してどこかに間者がいるとか言うことではないのだ。


実を言えば遼香が負けたと言うのは遼香が自分で漏らした話であり、

その情報が各所の上層部へと瞬く間に広がったと言うだけなのである。

なのでその真相自体はまだよく知られていない。

シルヴィアが緑箋のことを知ったのは、

遼香との会話の中であり、

遼香がよく緑箋のことを話していたからにすぎない。


緑箋自体が世の中に全く知られていない存在であるがゆえに、

その存在が勝手に大きく膨らんでいき、

脅威の新人として噂になっていると言うのが実情である。

しかもその新人が遼香の元にいると言うのが、

またその噂の信憑性を高めているわけである。


シルヴィアもまたその噂の虜であり、

今日はその噂の中の怪物が目の前に来ると言うので、

張り切ってカフェにやってきてくれたのである。


「緑箋さんに会いたかったと言うのもあるけど、

それよりもカレンさんが今ここにいると言うことが、

本当にすごいことなんだからね。

今日は最高に刺激的な1日になっているの」


シルヴィアの最初の印象はとても慎ましやかな人かと思っていたが、

どう考えても遼香寄りの人間だったんだなと、

緑箋は改めて確認した。

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