第493話 カレンと無月と

緑箋は気を取り直して続ける。


「無月について簡単に説明させていただきました。

回り道になってしまいましたが、

ここから無月をどうやって使えば、

カレンさんの魔力を引き出せるかという本題へ戻りましょう」


全員すっかり本題を忘れていたようだった。


「どうしますか?

私を切り刻んで、全身から魔族の魔力を失わせたらいいんでしょうか?」


カレンも意外と物騒なことをいう。

というか魔族にとっては多少の(多少ではないが)傷は、

傷ではないということなんだろう。

切られてもくっ付ければ治る程度の問題なのだ。

緑箋はなんとなくそんな魔族たちの話に慣れてきたので、続けた。


「無月でも全ての魔力を失わさせるというのは難しい、

というかそこまでは不可能でしょう。

先ほども言いましたが、魔族の魔力だけではないですから、

おそらく体が回復する過程で魔族の魔力が取り込まれるというか、

変化していくというかそういうことになると思われます。

ですから一番簡単なのは、カレンさんにも無月を持ってもらって、

魔力を注入してもらうということです」


「なるほど。

魔族じゃない魔力を使えれば、

無月が輝くということですね」


「そうです。さらに言えば自分の中の魔力の通り道を作るという感覚でしょうか。

今まで眠っていた魔力がカレンさんの体の中でうまく流れていないんだと思います。

それを起こしてエルフや人間の魔力を体の中に通す道を作るために、

無月を利用してもらいたいということです。

うまくいくかはわかりませんが、

やってみる価値があると思います」


「わかりました。

貴重な時間と無月をお借りしますね」


カレンは無月を借りて構える。

ずわっという何かがカレンの中から呼び起こされるような感覚が肌に伝わる。

おそらく無月に魔力を注入したんだろうが、

無月は輝かない。

酒呑童子の目は鈍く輝いている。


「今ものすごい量の魔力が注入されたと思うんですが、

やはり魔族の魔力では輝かないですね。

僕の見立てでは、自然と魔力を吸い始めるかと思ったんですが、

どうやら本当に深いところに隠されている、

というか魔族の魔力によって覆われていて、

中まで使えないようになっているという感じなんでしょうね」


「それではやっぱり無理なんでしょうか」


カレンはもう少しで何か掴めそうな気がしていたが、

そのもう少しの壁がとても厚いことも感じていた。

今まで気が付かないようにして隠していたことを、

呼び起こしてはいけないという心の中の箱を開けるのが怖い、

そんな感覚もあった。

もしその箱を開けてしまったら、

もう元には戻れないという確信めいた気持ちもあった。

しかしそれでもカレンは一歩踏み出したいと思っていた。

自分が変わるためでもあるし、

一緒に亡命した魔族のみんなのためでもあるし、

そして今目の前にいる数日前は敵だったはずの人たちのためでもあった。


その敵だったはずの緑箋が口を開く。


「荒療治になりますが、

まだ手はあります」

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