第459話 オシラサマ

亀婆さんはさらにお話を聞かせてくれた。


「オシラサマってのを知ってるかな?

各家にいる神様で、家を守ってくれてる神様なんだよ」


亀婆さんがそういうと、

おかみさんが箱を持ってきてくれた。

亀婆さんは箱を開けながら説明してくれた。


「普段はこうやって大切にしまってあるんだよ。

桑の木で作った棒に、お顔を掘ったり描いたりしてね、

こうやって布で綺麗に着飾ってあげるんだ。

うちのオシラサマは顔を隠して布で覆ってるんだけんど、

他のところではちゃんと顔を出しているところもあるんだって聞いたよ。

オシラサマはこういうふうに二体で一つになってるんだ」


綺麗な布で覆われたオシラサマはかわいいお人形のようにも見えた。


「オシラサマで一番有名な話は馬のお話だ。

ある家で馬を飼っていて、

その家の娘が一生懸命世話をしていたんだ。

その娘が馬に恋をしてしまって、

馬と結婚してしまった。

そのことを知った父親が、馬を桑の木にくくりつけて殺してしまった。

娘がそれを知って馬に縋り付くと、

今度は父親が馬の首を斧で切り落としてしまう。

すると娘はその馬の首を抱きしめて天へ飛んでいってしまった。

結局娘を失ってしまった父親だったんだが、

ある夜、父親の枕元に夜娘が現れて、臼の中を見ろという。

父親が臼の中を見ると、白い虫がいて、

その虫に桑の葉を食べさせて成長させたら、

いい糸が取れて父親は暮らしていけるようになったんだと。

それが養蚕の始まりだと言われているんだ」


馬娘婚姻譚とも言える、馬と娘の結婚の話である。

なぜ馬の話と養蚕の話が結びついているのかはよくわからないが、

養蚕の神様として大切にされているのは事実である。


その他の地域でもオシラサマというのは家の守り神として祀られており、

目の神様、豊穣、豊漁の神様、また病気の神様としても大切にされている。

それぞれの家の事情に合わせた神様になっているようだ。

お願い事をすると、それについて教えてくれるから、

お知らせしてくれる神様、オシラサマと言われれるようになったとされている。


前の世界では遠野物語によって世間に知られるようになり、

遠野の神様として、

そして養蚕の神様として定着してしまったが、

遠野以外にもこの話は広がっており、

色々な守り神として家々に伝わっていたようだ。

これも遠野物語という圧倒的な力の前に、

それぞれの話も塗り替えられてしまっていった。


伝承や伝説というのは結局お話の生き残りをかけた戦いである。

文章として記録されているものはそこで残っていくのだろうが、

口承伝承されるものはその時々の流行り廃りによって変わっていってしまう。

長い時代残されるのはその物語の面白さや大切さによって変わってくるのだろう。

今も生き残っているのは今の時代にあった変化をしているからこそ、

我々に届いているわけで、

原初のものが知りたいという欲求はわかるが、

それはなかなかに難しいものがあるのだ。


しかしこうしてオシラサマは今緑箋たちの目の前にあって、

可愛く二体並んで大切にされている。

それだけでオシラサマの力を確信できるような説得力を持っていた。

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