第457話 遠野のお婆さん

おかみさんはおばあさんと一緒に広間に帰ってきた。

遼香は立ち上がっておばあさんを迎え入れる。

おばあさんも一緒になって座卓を囲んだ。

おばあさんは名前を亀と名乗った。

亀婆さんと呼ばれているそうだ。

年齢は八十歳。

腰は曲がっているが、

足腰はしっかりしているし、

おしゃべりもしっかりしている。

おかみさんも亀婆さんの隣に座った。


「今日は貴重な時間をいただいてありがとうございます。

遠野の不思議なお話を聞かせていただければと思っております」


「そんな丁寧な挨拶せんでもいいです。

私はしがないおばあですから。

時間何ぞなんぼでもありますから、

好きなだけお話しさせていただきますよ」


おほほほほと亀婆さんは笑った。


遠野といえば前の世界では遠野物語が有名である。

遠野物語を利用して妖怪たちの街として人気である。

遠野物語は、柳田国男が1910年(明治43年)に発表した、

遠野地方に伝わる伝承などをまとめたものである。

民俗学の先駆けとも言える作品であるが、

この遠野物語の成立には佐々木喜善という作家の功績も忘れられてはならない。

佐々木が柳田に出会って話した遠野の話から、

この遠野物語が成立したのである。


遠野は盆地にあり、盛岡から釜石などの中継地として通る場所だった。

その通り道にあった怪異などが遠野で語られることで、

不思議な伝承が集まったとされている。

遠野物語には河童や座敷わらしやオシラサマなどの妖怪譚や、

各地の家に伝わる不思議な話、

そして津波の話なども収録されている。

丁度文明開花の時代であり、

都会と田舎の格差が激しくなり始め、

生き残っていた話がどんどんとなくなっていく時代であった。

その村で人々の口々を介して伝わっていった話を収集してまとめ、

時代とともに消えずに残したということはとても大切なことであった。


亀婆さんももちろん古くから伝わる遠野の話をたくさん知っていた。

今回はそんなお話を聞かせてもらうためのここにきたのだった。


「まあそうですな。遠野といえば河童です。

河童があちこちにおりますので、

人を川に引き摺り込んだり、

逆に人に懲らしめられたり、

家に上がってきて食べ物をとっていたりもします。

でも気のいい奴らなので、

困った時には助けてくれたりもします。

馬が川に入った時には引き摺り込もうとせずに、

逆に助けてくれたなんて話もありますよ」


「今もいるんですか?」


たえは目をキラキラ輝かせている。


「ええ。今もおりますよ。

ただこの街中に現れることは滅多にありませんが、

少し山のほうに行ったら川では河童に気をつけろなんて注意されます。

尻子玉を抜かれるなんて話もありますね」


「尻子玉ってなんですか?」


「お尻の中にある大切な玉じゃよ。

それを抜かれちゃうと死んでしまうとか、

腑抜けになってしまうとか言われているんだ。

河童はそれを食べて力にするとかも言われているね。

だから河童には気をつけなきゃいけないね」


亀婆さんはそう言ってほほほほほと笑った。

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