第440話 現れた敵の女

新月の夜。

闇は魔族の力を増大させる。

いつもよりも深い闇に閉ざされた山頂で、

緑箋たちは何かが来るのを待ち構えていた。


予測ではもう魔族が出現する時間である。

すでに魔族の魔力は感知されており、

海中、海上、空中に数百体の敵が捕捉されている。


遼香は流小野に目配せを送ると、

遼香隊は、山頂へと向かう。

完全な山の頂上で敵を待つ。

月明かりの全くない漆黒の闇の中、

逆に空には星が輝きを増している。


静かな虫の心地よい音色がピタッと止んだ。

同時に風が強く吹き始める。

遠くの海上から、砂浜には大きな波が寄せ始めた。

東側の星が瞬いていたはずの空に闇が現れた。

巨大な闇が迫って、星を覆い隠すように近づいてくる。

鳥や動物たちも一斉に逃げ始めている。


緑箋もビリビリと張り詰めるような何かを感じている。

巨大な魔力といえば簡単だが、

ただの魔族の魔力とは違う何かを感じている。

遼香がむず痒そうな顔をしていた意味がなんとなくわかった。


遠くから来た闇はどんどん近づいてきて、

山頂と、砂浜にその敵の姿を見せ始めていた。

砂浜には巨大なクラーケンやオクトパスなどが並び始め、

その上にはマーマンなどの小型の魔物が乗っている。

空中ではガーゴイルやグリフォンに乗った魔族が現れ、

山頂と山の中の本部のの前に並んでいる。


どちらも攻撃を仕掛けない。

緊張感がふたつの世界の間に止まっている。

髪の毛が落ちるだけでこの均衡が崩れてしまうような、

張り詰めた空気が広がっていた。


山頂の遼香たちの前に並ぶ魔族の影の中から、

一人の魔族がゆっくりと前に進んできた。

おそらく女性であろう。


漆黒の闇夜に、白い肌が発光している。

まるで月の光を纏っているかのように光りながら、

肌は後ろが透けているかのように白い。

真っ黒な髪が真っ直ぐに腰まで伸びていて、

光もないのに艶やかに輝いている。

夜風になびく姿はまるで黒い翼を広げているようだった。

耳は少し尖っており、美しい髪の間からその姿を見せつけている。


彼女の瞳は、今日の新月のように黒く深淵で、

全てを飲み込んでしまうようだったが、

中には宇宙の輝きが映し出されていた。

鋭い眼光は、心の奥底まで見透かしているように見える。

唇は、わずかに微笑んでいて、

その表情は、まるで獲物を捕らえた蛇のようだったが、

その美しさは妖艶で、見る者を魅了している。


真っ黒なドレスがピタッと体に纏い、

彼女の美しい体をより引き立てていた。

彼女は空を歩くように遼香の前にきて止まった。


「ごきげんよう」


彼女の低い、魅惑的な声が夜空に響き渡った。

その声は、まるで夜の闇に溶け込むようであり、

明るく光のようであり、

吸い込まれるような魅力を持っていた。


「桜風院遼香様でございますね」


「そうだ」


遼香は自分の名前が知られていること気にせずに当たり前のように答えた。


「戦端を開かずにお待ちいただいてありがとうございます。

本日私どもは戦いに来たのではございません」


「なるほど、そういうことか……」


遼香は厄介な相手が来たなという顔をした。


「とりあえず話は聞こう。

こちらもこの部下たちと一緒に話を聞く。

あなた方も部下を同行することは構わないな?」


「もちろんでございます。

こちらの部隊も一旦少し下がらせていただきます

敵意のないことの証明です」


「わかった。

それで一つだけここで答えてもらいたい」


「なんでございましょう?」


「あなたの名前を教えてほしい」


「失礼いたしました。

まだご挨拶もしておりませんでしたね。

私は」


カレンと申しますと低く鋭く名乗った。

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