第409話 子泣き爺と鳴門の渦潮

「子泣き爺ですか?

わしは聞いたことがありませんが、

どこかの妖怪なのですか?」


金長狸は一生懸命考えてくれているようだが、

聞いたことがないなあと呟いている。


前の世界では、

徳島の妖怪といえば子泣き爺と言ってもいいくらい有名である。

これだけ子泣き爺が有名になったのは、

言わずと知れた水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」である。

老人が前掛けをして蓑を被った姿は、

水木しげるの創作である。


その子泣き爺は柳田國男の「妖怪談義」に紹介された話がほぼ初出である。

さらにいうとのちの調査によって、

子泣き爺の伝説はなかったという結果もあり、

様々な伝承が重なり合って作られて出現した妖怪が生まれたという。

ちなみにその調査では、

老人が赤子の鳴き真似をして徘徊していたという実在した人物の話も残っており、

子泣き爺は元々人間だったという不思議な話になっている。


ということで伝承や伝説が残っている妖怪ではなく、

新たに作られた妖怪ということになる。

それを見事に描いてこの世に定着させ、

国民的な妖怪とも言える存在とした、

水木しげるがすごかったというしかない。


緑箋はそういう前の世界にいた新しい妖怪も、

この世界にいるのかという疑問をぶつけてみたのだが、

やはり子泣き爺は存在していなかったようである。

ただこの世界でも子泣き爺という存在を定義して、

世の中に流行らせることができれば、

新しい存在として生まれることができるのかもしれない。

残念ながら緑箋にはそこまでの力はなかった。


子泣き爺がこの世界にいないのは残念だったが、

前の世界で、比較的新しい妖怪はいないのかもしれないということもわかった。

まあ何を妖怪と呼ぶのかで定義は違ってくるわけだが、

新しい妖怪がいるのなら、

もしかしたらヒーローや怪獣なんていう存在もいるかもしれないのだが、

そこまではこの世界に期待できないようである。

緑箋は少しだけ残念に思っていた。


食事を終えて金長狸に港まで送ってもらう。

これまた次のところまで船で送っていくと聞かなかったため、

緑箋たちは金長狸の船で次の場所、淡路島へ向かうことになった。

金長狸が船に乗れと言ったのはもちろん訳がある。

鳴門の渦潮を見せるためである。

淡路島に渡るのだから見ておけと言って聞かなかったのだ。

確かに緑箋たちもせっかくだから見ておきたいとは思ったので、

その話に乗ることにしたのだ。


鳴門の渦潮は四国と淡路島の間の鳴門海峡で起こる大きな渦巻きで、

大きなものは直径30メートルに達するものもある。

これは四国の北の播磨灘に紀伊水道から海水が流れ込み、

海水面の差ができることで潮の流れが代わりって渦が発生するもので、

満潮と干潮の時刻からある程度の渦潮の発生が予測されている。


前の世界で橋がかけられており、

床がガラス張りになっているので、

そこから眺めることもできるようになっている。


緑箋たちは小さな船に乗って淡路島へ向かう。

大きな渦潮がちょうど発生していたようで、

ど迫力満点の景色を楽しむことができた。

吸い込まれるのではないかとも思ったが、

そこはしっかりと魔力で守られているし、

手漕ぎのようなものではない推進力もあるので、

普通に通過していった。


いやーすごかったねと話しながら、

船は淡路島につき、

緑箋たちは淡路島に上陸した。

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