第406話 印章と魔法陣

六右衛門狸は途切れ途切れ思い出しながら話し始めた。


「確か向こうの船員は普通の着流しを着ていた男だ。

外国人ではなかったな。

普通の日本語を話していたし。

こっちも取引の時は人間に化けているから、

もしかしたら向こうも人間に化けていたのかもしれねぇな。

もちろん他にも船員はいたが、

おかしなところはなかったはずだ。

わしは全員見てるわけじゃねぇからな。

この部屋に入ってきたのは2人だけだ。

その船員と部下のような男だ。

そっちの部下が色々な書類やらを持ってきてた。

んでまあその布だ。

いくつか反物を持ってきていただが、

そっちは普通の無地の布だったはずだ。

わしが見せられて記憶を失った時に魅せられた、

手拭いみてぇな布には絵が書かれてたんだ」


「絵ですか?

それはどんな絵だったんでしょうか?」


朱莉は紙と筆を差し出す。


「絵って言うかがらって言うか、

今思い出したんだが、

単純ながらだったんでよく覚えてるんだ」


六右衛門狸は丸い縁の中に逆五芒星(頂点が下の星)を描き、

その星の下側の横線に沿うように、

横向きの8のようなものを描いた。

まるで目のように、もしくは眼鏡のように見える。


「これは、マモンのシジルですね」


緑箋は呟いた。


「シジル?それは何だい?」


六右衛門狸のみならず、

他のものも聞きたいようだった。


「シジルというのは悪魔とか天使とかを召喚する時に使う印章です。

我々で言えば家紋のようなものかもしれません」


前の世界でいうと、

ソロモン王が従えたとされる72の悪魔のシジルは有名である。

フランス語で魔術の書物という意味のグリモワールと呼ばれる本の一つ、

「ソロモンの鍵」が14世紀ごろのイタリアで作られ、

その写本はいくつか残っている。


そしてその本などをまとめた、

「ソロモンの大いなる鍵」と「ソロモンの小さき鍵」という本が、

19世紀後半にマグレガー・マサースによって書かれ広まっていく。


「ソロモンの小さき鍵」は「レメゲトン」とも呼ばれていて、

5つの本がまとまった合本となっており、

その中の一つの「ゴエティア」に、

ソロモン王の使役した悪魔についてまとめられている。

日本ではソロモン72柱などと呼ばれるようになっている。

72の悪魔のシジルも揃っていて、

その印章は単純な丸や線で構成されていて、

なかなか興味深い。

シジルというのは悪魔を召喚する時に呼ぶ悪魔を決めるためのものであって、

魔法陣とは違う。


ちなみに今の魔法陣は魔法を使う時、

もしくは悪魔を召喚する時に出てくる場所として使われているが、

本来は魔法陣の中で召喚術を行うことで、

悪魔の攻撃を防ぐ場所である。

そもそも魔法円と呼ばれていた。

日本で魔法陣から魔法や召喚されたものが出てくるようになったのは、

水木しげるの「悪魔くん」に登場した魔法陣からといわれている。

それがドクター・ストレンジに逆輸入されたというのはとても面白い話である。

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