第405話 夢寝母主念

夢寝母主念むねもしゅねんは失われた記憶を呼び覚ます呪文である。

ちょっと忘れた記憶、

鍵をどこに置いたかなどのようなkとはままあることだが、

そういうことを思い出せる、こともある呪文である。

もちろん記憶喪失のように自分の記憶を失ってしまった場合にも、

有効的な呪文ではあるが、

何を思い出すかまではわからないので、

全く関係がないことを思い出すこともあるかもしれない呪文である。


この呪文の命名について少し解説しておこう。

ムネモシュネというのが記憶を司る女神を利用した命名である。

ムネーモシュネーという方が元に近いようだが、

省略されることが多いらしい。


ムネモシュネはギリシャ神話に登場するティターン族で、

ウラヌスとガイアの子供で、ティターン12柱の一人である。

オーケアノス(海)、

コイオス(知恵)、

クレイオス(星)、

ヒュペリーオン(大陽)、

イーアペトス(職人)、

テイアー(光)、

レアー(豊穣)、

テミス(掟)、

ムネモシュネ(記憶)、

ポイベ(予言)、

テーテュース(水)、

クロノス(農耕、時間)が兄弟ということになる。


この12柱はさらにこの中で夫婦となり子供を産み、

神々を産んでいくことになるのだが、

ムネモシュネはゼウスとの間に9人のムーサを産んだ。

芸術の神である。

ムーサとはフランス語でミューズの意味で、

musicやmuseumの語源とされている。

そのムーサは、

カリオペー(叙事詩)、

クレイオー(歴史)、

メルポメネー(悲劇)、

エウテルペー(叙情詩)、

エラトー(独唱歌)、

テルプシコラー(舞踊)、

ウーラニアー(天文)、

タレイア(喜劇)、

ポリュムニアー(讃歌)ということになっている。


そこから記憶を司る薬として夢寝母主念むねもしゅねんと命名してみたわけだ。

たまたまティターン族の名前がついているが、

これは代田とは関係がない。

ただここ最近、巨人族のような話がついて回っているなと、

緑箋は少しだけ感じざるを得なかった。


さて、この夢寝母主念むねもしゅねんを使用した後、

六右衛門狸は頭を抱えて苦しみ出している。

苦しんでいるというよりは、

急激な記憶の奔流に頭がかき乱されているという状態なのであろう。

失った記憶というのは単純に物忘れのようなものではなく、

明らかに魔族の魔法によって封印されていたものであるので、

その蓋が開いた時に堰き止められていた、

自らが知覚していなかった記憶が全て流れ込んできているわけで、

一瞬でこの数日の記憶をやり直しているような状態になってしまっている、

そう考えるとかなりの負担がかかっているのはわかる。

金長狸は少しだけ回復魔法をかけながら、

六右衛門狸が落ち着くのを待っていた。


激しく頭を抱えていた六右衛門狸だったが、

徐々に落ち着きを取り戻し始めてきた。

息はまだあらく、汗も止まらないようだったが、

水を差し出すと、

一気に飲み干した。


「ありがとう。全てかどうかわからないが、

思い出したことがある」


六右衛門狸はふうと一息ついた。

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