第376話 分福茶釜

緑箋たちの話は一旦終わったが、

ここで狸の話をもう一つ。

先ほどまでの話の中の狸はかなり勇猛果敢な狸たちだったが、

やはり狸といえば滑稽で面白く、人を驚かせる話が多い。

そんな狸の有名な話がいくつかあって、

それを日本三大狸話という括りでまとめられることがある。

人はこうやって3つまとめるのが好きなのだ。


日本三大狸話とは、

松山騒動八百八狸物語、

分福茶釜ぶんぶくちゃがま

証城寺しょうじょうじの狸囃子である。


分福茶釜はおとぎ話として今も有名である。

古道具で茶釜を買ってきた和尚が、

お湯を沸かそうとして茶釜を火にかけようとすると、

熱いと言いながら茶釜が尻尾を出した。

これは怪しいと和尚が茶釜を屑屋に売ってしまう。

屑屋に自分は分福茶釜という狸だと正体を明かすと、

屑屋は丁寧にもてなしてくれた。

分福茶釜はその恩返しに歌って踊って、屑屋は大層儲かった。

屑屋は幾らかの儲けと共に茶釜を和尚に返し、

和尚は寺の宝物として分福茶釜を大切にした。

というのが明治時代の巖谷小波の御伽話である。


この寺は実在しており、

それが群馬県館林市の茂林寺もりんじである。

茂林寺には分福茶釜が実際に伝わっている。

狸が福をもたらすというお話である。


しかし茂林寺には分福茶釜の縁起ががある。

茂林寺の僧、守鶴しゅかくが七代目の住職の時代に、

茶釜でお湯を沸かしたが、

いくらお湯を汲んでも茶釜の湯がなくならなかった。

守鶴はその茶釜を紫金銅分福茶釜と命名した。

その後の十代目の住職の時代に、

守鶴が寝ていたらうっかり尻尾を出してしまって、

実際は修行を積んだ古狸だとばれてしまい、

守鶴はお寺を去っていった。

という話である。

茶釜が狸ではなく住職が狸だった。


今の話だけそみると元々がどういう話だったかは全くわからないものである。

ただどちらも福を呼ぶ茶釜であり、

その理由に狸がいるというところは共通である。

よりわかりやすく狸を活躍させるために、

おとぎ話は作られているのだろうし、

そういうところから狸という人気者が生まれていくことになり、

それが今の時代にも繋がっているということである。


茂林寺の縁起は場所や時代や人物がはっきりしており、

どちらかといえば伝説である。

つまり事実を元にしている話である。

一方おとぎ話は基本的には嘘である。

今回は事実を元にした造られた話ということになる。

もちろん茂林寺の縁起が本当に事実なのか、

そして茶釜が本当にその茶釜なのかということは疑問が残るが、

それを素直に楽しめるのが粋ということだろう。

茶釜が狸になるわけないなどというのは野暮というものである。


しかしこの世界ではそれは事実であり、

分福茶釜はそれとして存在し、

茶釜に化けているのである。

なかなかに興味深い話である。

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