第374話 隠神刑部

四国狸の現在最強狸が、

松山騒動八百八狸物語の隠神刑部いぬがみぎょうぶである。


松山騒動八百八狸物語は、

これまた前の世界で言うと江戸末期に講談で一気に人気となった話で、

享保の大飢饉の時に起こった松山藩のお家騒動を実録物語として書いた、

『伊予名草』をもとに、講談師の田辺南龍たなべなんりゅうが妖怪や怪談の要素を入れた作品である。


天智天皇の時代から松山に住み、

八百八の狸の総帥として狸をまとめていたのが隠神刑部である。

刑部というのは松山城主からもらった位であり、

司法を司る役職である。

それほどまでに重用されていて松山城を守ってきた狸であり、

その神通力は四国最強と言われている。


松山騒動八百八狸物語では、松山藩家老奥平久兵衛が謀反を企てる。

そこで松山城を守る隠神刑部が邪魔だったので、

久兵衛の部下の後藤小源太に討伐するように命じる。

最終的に小源太は狸に危害を加えない代わりに、

狸は小源太に味方するという盟約を結んだ。

久兵衛は狸を使った妖術で怪異を起こし、

城内に混乱を招く。

そんな中現れたのが稲生武太夫である。

そう、あの稲生物怪録の主人公、

山ン本五郎左衛門の妖術を打ち破った豪傑である。

それがここにもやってくる。

それほど稲生武太夫が人気だったという証であろう。


稲生武太夫は名刀菊一文字で謀反一味を倒し、

さらに宇佐八幡神社から授かった神杖で隠神刑部ら八百八狸は、

久万山の洞窟に封印した。

(山ン本五郎左衛門からもらった木槌を使ったという話もある)


封印された隠神刑部だったが、

今回は計略に騙されて謀反側に回ってしまったが、

今までの功績をもとに山口霊神という祠に祀られることになった。


ここでも最強の狸は力を落としてしまうことになった。

隠神刑部はもともとは守り神だったわけだが、

計略にかかって悪者にされてしまった。

しかしこれまた神として祀られるということになったわけである。

あまりいらない話に乗ってしまったが故の過ちということであろう。

しかしここに稲生武太夫が出てくるわけで、

稲生武太夫がどれだけの力を持っていたかという話になってくる。

最強と言ってもいい妖怪たちを見事に退治している豪傑である。


「四国最強の狸といえば隠神刑部ということになるね。

今回は四国をまとめる狸としてしっかり話を聞いてこようと思う」


朱莉はそう言って緑箋を少し恨めしそうに睨む。

こちらの世界でも隠神刑部は最高の力を持っているようだった。

しかし疑問は残る。

緑箋はそれを口にしてしまった。


「太三郎狸に金長狸に隠神刑部。

一体誰が一番四国で強いんでしょうかね?

今は誰が四国をまとめているんでしょうか?」


確かにその通りである。

総大将やら総帥やら最強やら話によって色々な狸が一番上として描かれていたので、

こちらの世界ではどうなっているのか緑箋は気になったのだ。

緑箋の質問に朱莉がはっという顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る