第372話 芝右衛門狸

「なるほど、狸ですか」


「ほら、でた。

ほらね。やっぱりすぐ分かっちゃうんだから。

私が言った通りだったじゃん」


朱莉は少し拗ねてしまった。


淡路島といえば歴史の古い島である。

前の世界でいうと、

古事記において、伊弉諾尊いざなきのみこと伊弉冉尊いざなみのみことが、

天沼矛あめのぬぼこでかき混ぜて滴った潮でできた初めての島が、

淤能碁呂島おのごろじまでこれが淡路島の南の沼島だと言われている。


「淡路島で、各地を回ると言われると、

狸しか思い浮かびませんよ」


緑箋はさも常識のように話しているが、

淡路島と聞いて狸を思い出す人がどれほどいるのかはわからない。


「四国って言っちゃうとわかりやすいかなって思って、

淡路島の方を出したんだけど、

どっちにしても分かっちゃったね、これは。

もう最初から詰んでいたのか」


別に朱莉が隠したかっただけであり、

謎でもなんでもないことではあるのだが、

せっかくだからと自信を持って出したものに、

一発で答えられてしまうのは悔しいという朱莉の気持ちもわからなくはない。


そもそも狸というのも日本ではかなり有名な妖怪の一つである。

日本五大妖怪の中の一つに入っているほど有名である。

ちなみに日本五大妖怪というのは、

鬼、天狗、河童、狐、狸である。

日本に限らずこういうふうにまとめるのは人間は大好きだが、

今回のこの狸に関してはたくさんこういうまとめが出てきてしまう。

狸、化け狸の伝説というのは日本各地に広がっている。

これは狸が比較的人の前に現れる動物であるということが話に出てきやすい、

そういう側面があるのだろう。

古くから化け狸の話は書物に出てくるが、

やはり人気になったのは江戸時代以降に作られた話が多くなってくる。


日本三名狸という日本で有名な三匹の狸がいる。


「佐渡の団三郎狸だんざぶろうだぬき

淡路島の柴右衛門狸しばえもんたぬき

そして屋島の太三郎狸たさぶろうたぬき

日本三名狸として有名です。

淡路島と聞くとやはり芝右衛門狸が頭に浮かびました」


「そんなのは多分緑箋君だけだって」


朱莉も流石に脱帽である。


淡路の柴右衛門狸は柴の葉っぱを使って人を化かすことから、

柴右衛門狸と呼ばれていたそうだ。

柴右衛門狸は地元でも芝居を見に行ったり、

自分で芝居小屋を作ったりしていて、

人に悪戯をしたり喜ばせたりするような狸だった。

ある日、浪速の中座の芝居を妻のお増と見学にしに行った時に、

気が大きくなった二人は化かしあいを始めて人々を驚かせていると、

駆けつけた役人にお増が切り殺されてしまった。

悲しみの中柴右衛門狸はそれでも芝居を見続けていたが、

芝居小屋で支払われていた金に葉っぱが混ざっていることに気がついた関係者が、

犬を入り口に置いた。

そうとは知らなかった柴右衛門狸がまた芝居を見にきたところ、

犬に襲われて正体がバレてしまい、

袋叩きにあって殺されてしまった。

なんとも悲しい話である。


その後芝居が低迷すると、

あの時の狸が淡路島で有名な柴右衛門狸だったと分かって、

柴右衛門大明神として中座で祀られるようになったが、

中座は西暦2000年(平成11年)に閉館となり、

なんと淡路島に里帰りして、

現在は洲本八幡神社に祀られている。


芸事の神様となって今も信仰を集めている立派な狸である。


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