第364話 お昼ご飯

今度入ってきたのはたえだった。


「あの、お忙しいところすみません」


「どうしたのたえちゃん」


朱莉がたえに小走りで近づいていく。


「何か困ったことでもあった?」


「いえ、違うんです。

あのーお食事の用意をさせていただいたんですが、

よければ皆さんも召し上がりませんか?」


「ほんとに?

お昼用意してくれたの?」


「自分の分を作るので、

いっそのことみなさんの分もと思ったんですが、

いかがでしょうか?」


余計なことをしてしまったんじゃないかと、

たえは少し心配そうな顔をしながら聞いてきた。


「食べる食べる。

ちょうどみんなもご飯食べようかっていう話してたから、

みんなで一緒に食べましょう」


さっきまで遼香に詰め寄ろうとしていた人と同一人物なのかと思えないほど、

柔らかい顔つきでたえに対して朱莉は対応した。

みんなもせっかくたえが用意してくれたので、

ありがとうと言いながら食堂へ移動した。

食堂にはすでに蕎麦と野菜の天ぷらが並んでいた。


「あら、美味しそう、これは早く食べないとだね」


みんなも口々に美味しそうだと言いながら、席についた。


「ほらほら、たえちゃんも一緒に食べましょう」


朱莉と緑箋はたえと一緒にお茶を持ってきて、

みんなで一緒に席についた。


「いただきます!」


みんなが口を揃えた後、ずるずるっとめんつゆにそばをつけて啜る音が食堂に響く。


「これは美味しい」


「天ぷらもサクサクだね」


みんなの評判がよくでたえはほっとしているようだった。


「これは茨城の知り合いから送ってもらった蕎麦なんです。

天ぷらの山菜や野菜も送ってもらいました。

お口にあってもらえるといいのですが」


「めちゃめちゃうまいですよ。

これはお店開けるんじゃないですか?」


幽玄斎がかなり大きな声で美味しさを伝えている。

口にあったようだ。


「大変だったんじゃない?

大丈夫だった?

天ぷらで火傷とかしてない?」


朱莉はお母さんのように心配している。


「代田様の家でも料理は作ってましたので、

これくらいなら平気です。

量が多いだけですから」


「たえはお客様が見えた時などでも、

一人で大勢の分を料理してくれておりました。

たえの美味しい料理はその時から評判でしたから、

皆さんに喜んでもらえて、

私も誇らしくなってしまいます」


代田もたえが褒められて嬉しそうである。

そしてそんな代田を見てたえも嬉しそうである。


「これだけ美味しいと、夜も楽しみになってしまいますね」


緑箋がそういうと、みんなも頷いた。


「ちょ、ちょっと待ってください。

夜って、もしかして皆さんここに住んでいるんですか?

代田さんとたえさんだけじゃなくて?」


幽玄斎は話を聞いていなかったようだ。


「そうですね。幽玄斎さん以外はここに住んでいる形になります」


「ちょっと、待ってくださいよ。

遼香さんはここじゃないですよね?」


「いやここに住んでるよ。

正確にはここに住むことになるってことかな」


「うわーちょっとそんなことあります?

僕一人だけ除け者みたいじゃないですか?」


「幽玄斎さんもここに住む?

部屋は空いてるけど」


朱莉の提案に幽玄斎は困ったような顔をして考え込む。


「いやーその勧誘は魅惑的なんですけど、

今の寮も気に入ってるんですよね。

しかも緑箋君たちの指導が終わったら、

また別の任務が決まってるので、

ああー、やっぱり今の寮の方が多分いいと思います」


幽玄斎は断腸の思いで鳳凰寮への入寮を断念した。

しかし一人、ああーとかううーとか唸っている声は止まらなかった。

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