第352話 次の箱の中身

「砕星か……」


遼香はそう言ったきり砕星を見つめて動かなくなってしまった。

茨木童子は気に入らなかったのかと少し心配そうな顔をしていたが、

明らかに顔がニヤついているので、

大丈夫そうだと胸を撫で下ろした。


遼香が固まったまま動かないので、

茨木童子は次に話を進めることにした。


「では次の紹介に移らせていただきたいと思います」


そう言って細長い箱を開けた。

箱の中には一振りの刀が収められていた。


「これは緑箋殿の刀でございます」


茨木童子は失礼しますと言って刀を取り出し、

ゆっくりと鞘から刀を抜く。

刃は美しく磨き上げられており、まるで鏡のようだったが、

それなのに全ての光を吸収するように黒く輝いていた。

しかし黒いようにも見えてよく見ると虹色に輝いても見えた。

なんとも形容し難い不思議な美しさと妖艶さを兼ね備えている刃だった。

刃文は、直刃で至って基本的な形ではあるが、

あまりにも刃がまっすぐなため、

視線を奪われてしまうような刃文だった。


「綺麗ですね」


「美しい」


「これは見事な」


思わず心の声を口にしてしまうくらい、

芸術品と間違えるくらいの美しさだった。

自分の星砕に目を奪われていた遼香も、

話に加わってくるほどであった。


「持たせてもらってもいいですか?」


「もちろんでございます」


緑箋はゆっくり立ち上がって茨木童子に近づいていく。

机に置かれた刀を握る。


「冷たいですね」


緑箋はまた静かに心のうちを呟く。

柄が異常な程に冷たい。

握っている手から温度を奪われるような感覚があった。


「遼香殿の時には言い忘れておりましたが、

どちらもまだ試作段階のものでございます。

その中でこれというものをお持ちいたしましたが、

実のところまだこの本来の力についてはよくわかっておりません。

今、緑箋殿は冷たいとおっしゃられましたが、

私どもの方でもそう感じておるものをおりましたし、

握った瞬間に腰を落とすようなものもおりました。

おそらくは魔力を勝手に使用している、

言い方を変えると、

魔力を吸い取っているような気がしております」


「まあ確かにそんな気がしていたな。

私の場合は吸い取られているというよりは、

魔力を循環しているという感覚かな。

武器を装備しているのではなく、

体の一部として機能しているような感覚になっている」


遼香は今の感覚を的確に説明してくれた。


「僕の場合もそんな感じです。

刀の切先までが体の一部になった感覚です。

それと刀を持った瞬間、

丸い鍔に描かれている鬼の目が光っているように感じたんですが、

これも意図的なものではないんですか?」


緑箋の問いかけに冷静な茨木童子が少しだけ動揺したように思えた。


「あの……それに関しましては、

その……酒呑童子様のご要望でありまして‥‥」


「あ、これ確かに酒呑童子さんに似てますね」


「そうなんです……。

酒呑童子様が絶対に入れろとおっしゃられまして、

緑箋を守るために絶対に必要だと聞かず、

目は魔力が込められた時に光るようになっております……。

申し訳ございません」


「いえいえ、とても嬉しいです。

かっこいいですし。

目が光るのはわかりやすいですから」


酒呑童子が緑箋を守りたいという思いが込められているのだとしたら、

それはとても嬉しいことだと緑箋は素直に感謝した。


「そう言っていただけるとありがたいです。

実は名前の方もすでにつけられておりまして……」


茨木童子は言いにくそうにしている。


「ぜひ聞かせてください」


緑箋が促してくれたので、茨木童子も覚悟を決めて答えた。


「その刀の名は」


妖刀無月ようとうむげつでございます。そう静かに告げた。

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