第342話 手が滑った理由

大の字になった代田にたえが駆け寄っていく。

代田はたえに支えられるようにゆっくりと体を起こしていく。


「ありがとうたえ。大丈夫だから心配しないでくれ」


代田はそう言ってたえの頭をポンポンと叩く。

いきなりの壮絶な戦いを見てたえも心配しているようだった。

それにしてもまだまだ戦えそうであった代田は、

あっさりと降参したなと緑箋は思っていた。


「申し訳ありませんでした、遼香さん」


「いや、何も気にすることはないよ。

なんだったらそのまま続けてもらっても良かったんだし」


「ありがとうございます。

でも今回は一対一の戦いでしたから、

ここで一旦しっかり決着という形にしておきたかったんです」


「律儀だな。

そういうところは嫌いではないよ」


遼香は笑った。


「一体どういうことですか?」


朱莉は不思議に思って質問をぶつけ、

それに代田が答える。


「最後、私は自分で作った土壁の上部に叩きつけられるところだったんです。

そうなれば確実に重傷を負うような攻撃だったんです」


「それなのに、たまたま遼香さんがすっぽ抜けてしまったんですよね?」


「それが違うんです。

あれはたえのスキルなんですよ」


「座敷わらしの幸運のスキルなんです。

座敷わらしは自分が気に入った相手に幸せを呼ぶんです」


「座敷わらしのいる宿に泊まったら、

いたずらのされるけど、後に幸せになるとはよく聞きますね」


「そうです。それです。

何が幸せかはその人によって違いますし、

どんな幸せが訪れるのかはたえが考えてできるものではないんですが、

まあ自然とその人に幸せが起こるというのは事実なんです」


「ってことは、たえさんのスキルが発動して、

代田さんが叩きつけられる前に、手が滑ってしまったということですか?」


「そういうことです。

あそこで遼香さんが手を滑らせることなんてあり得ないでしょう」


最後の最後で決められない遼香を想像してみると、

そんなことはあり得ないなと朱莉も納得した。


「じゃあ遼香さんの力を覆せるほどの興奮のスキルが発動したと、

そういうことでしょうか。

それって遼香さん、すごいことじゃないんですか?」


「んーまあ確かに、そう言われるとすごいことかもしれないが、

別に私は普段から失敗しないわけではないからな。

こういうこともあるよ。

今回はたえちゃんのスキルだというのは私にもわかったけどね。

説明はしにくいが途中から明らかに違和感があったから」


「ご、ごめんなさい」


たえはものすごく申し訳なさそうにして謝った。


「たえちゃん、いいんだよ。

二人の真剣勝負の邪魔をしたなんて考えなくていい。

むしろ二人の真剣勝負の場なんてものはこの世に存在しないんだから、

いついかなる時でもいろいろなことを想定して動かなくてはならない。

そういう意味では一番いい行動をしてくれたと言ってもいいくらいだ。

自然に発動してしまうスキルだから、

なかなか私にも対処がしづらいってことがわかったのは、

この上ない学びになったんだよ」


遼香は優しくたえに話しかける。

そしてそれはただの優しさだけではなく、

本当に遼香の成長の糧となっていた。

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