第312話 終わりの訪問者

「じゃあ今日もいい時間になりましたから、ここまでにしておきましょう」


流石に緑箋も疲労の色は隠せなかった。

幽玄斎はここで今日の訓練を終わらせることにした。


「じゃあどうしますか?一旦執務室に戻りますか?」


「僕はもうそろそろ次の予定がありますので……」


「そうなんですね、じゃあここで解散にしておきましょう。

今日はお疲れ様でした」


「こちらこそ、本当にありがとうございました。

また明日もよろしくお願いします」


そう別れの挨拶をしていると、

訓練室の扉が開いた。


「二人とも、お疲れ様。

どう訓練は。順調かな?」


「お疲れ様です。遼香さん。

もう初日だというのに大変ですよ。

話には聞いてまいたけど、

ここまでとは驚きです」


幽玄斎は今日のことを遼香に報告しながら、

驚きを隠さないで話し続けていた。


「なるほどなあ。でも幽玄斎君。

基本的にはこれはいつもやってることだから、

そんなに驚くことじゃないよ?」


「いつも?」


「そう、緑箋君はいつも訓練室でずっと訓練してるんだよ。

緑箋君が魔法を本格的に使えるようになったのは、

一年前だからね」


「い、一年!?」


幽玄斎はさらに驚いて、

髭の中なのに驚いている顔が見えているくらい動揺していた。


「そうだよ。まあ色々あって、緑箋君は去年初めて学校で魔法を学んだんだよ」


「緑箋君、その話、本当なのですか?

学校へ通っていなかっただけで、

魔法はずっと使っていたんですよね?」


「いえ、魔法を覚えたのはちょうど一年前になりますね。

学校の先生や同級生に魔法の基礎から教えてもらいました」


異世界人ということはあまり大っぴらにはしていないが、

緑箋は隠すことでもないのでそのほかのことはありのままに答えた。


「なるほど、それは驚異的ですね。

それでここまでとは、まさに天才だったということでしょうか?」


「いや、それは違うよ。

まあ確かに才能ということもあるんだろうけど、

才能というなら努力の才能だねやっぱり。

努力というか、魔法が好きということの方かもしれない。

緑箋君は毎日数時間、寝るとか食事とか勉強とか以外の時間、

ずっと訓練室で魔法の訓練をしていたんだそうだよ。

流石に私も信じられなかったけど、

ここ数日、私も時間がある時は、

緑箋君の訓練につき合わせてもらってるんだが、

本当にずっと魔法を使ってるんだよ。

もちろん実践形式ばかりではなく、

遊び形式とかでも楽しんだりしているんだが、

常に魔法を使っているんだよ。

たまに龗とも遊んでるけどね」


なー龗、と言いながら、遼香は寝ている龗の頭を撫でた。

龗も随分と遼香に慣れてきているようだった。


「実を言えば、訓練室の魔法使用量の資料があるんだが、

世界で一番訓練室で魔法を使用しているのは、

緑箋君なんだよ。

もう訓練室が自分の家みたいなものだな」


「ああ、それは知りませんでした。

まあでも、使えばいいってもんじゃありませんから」


「それにしたって、それにしたってですよ。

なんでそんなに訓練ができるんですか?」


「単純です。一番魔法が使えないんだったら、

一番魔法を練習するしかありません。

中等部の十数年分の差を埋めるには、

人の十倍魔法を使うしかないわけです。

ただそれだけです」


珍しく緑箋はそう言い切った。

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