第303話 暴走する朱莉

限界突破した朱莉はもう止められない。

遼香も緑箋もあとはもう野となれ山となれという気持ちになった。

願わくば、せっかくまとまったこの和平が、

朱莉の暴れっぷりによって変わってしまうことだけは避けたい、

もうそれだけだった。


お酒を飲みながら朱莉は魔王たちの前、

そして宴の参加者の真ん中へ進んでいく。


「ちゅーもーくー!!」


朱莉のよく通るいい声が響き渡り、

一斉にみんなの注目を集める。


「魔界の平和がこれからずっと続くように願いを込めて、

ここから私が歌いたいと思います!

聞いてください!」


そういって朱莉は歌い出す。

どこまで響いていくような歌声は、

まるでセイレーンの歌声のようにみんなを魅了した。

朱莉の歌謡祭は続き、歌って踊って一人で会場を盛り上げた。

そのうち他の観客たちも朱莉の周りに集まって、

それぞれが歌や踊りを披露したり、

みんなで一斉に合唱したり、

いつの間にか朱莉の周りには歌で繋がった輪が広がっていった。


「遼香さん、今日は大暴れというよりも、

なんだかみんな楽しそうになってきましたね」


「そうだね。朱莉は普段から明るくて真面目で魅力的な女性だけど、

本当はいつも色々な気配りをして、重要な場面を任されて、

相当な重圧を感じているはずなんだ。

でもそれをいつも笑顔に変えて、周囲には感じさせない、

すごいことをしてくれているんだよ。

だからこそ私は朱莉に全幅の信頼をおいているんだ。

これはいつも朱莉には伝えてるんだけど、

あんまり伝わっていないようなんだがね。

私の信頼がどうであろうと、

朱莉の行動は変わらないってことなんだろう。

誰が相手でも常に全力で行動できるっていうのは、

本当に朱莉の凄さであるんだけど、

自分は自分で、自分のやることは当たり前だと思ってるから、

朱莉は自分の凄さをあんまり感じていないんだよね」


「わかります。僕もたくさん猫高橋さんには助けてもらってますから」


「まあそれは多分お互い様なんだよ。

緑箋君にも支えられてるところは大きい。

今日だってそうだったしね。

一番重要なところをまとめてくれたわけだが、

緑箋君はあんまりそれを感じていないだろう?」


確かに緑箋は自分ができることをやったまでであり、

その結果として和平につながったとしても、

それは緑箋の力ではないと思っていた。


「まあそれでいいんだよ。

自分のできることを一つずつやっていくことが大切なんだ。

それは私もそう。

私は私でできることをやる。

その積み重ねがきっと大きなことにつながるんだよ。

だから今日はもうあとは楽しんだらいいんだ。

あの朱莉みたいにね。

ほら緑箋君、我々も一緒に楽しもうじゃないか」


そういって遼香は緑箋の手をとって朱莉の方へ走っていった。

朱莉は二人が走ってくるのを見つけると、

大きく手を振って、二人を出迎えた。

こんなような場はとても苦手な緑箋だったが、

朱莉と遼香と、そしてみんなの笑顔に包まれて、

とても幸せな気持ちになっていた。


いつの間にか魔王たちも一緒に、

というか会場中が一つになって大合唱が始まった。

この光景を忘れなければいいのにと、

緑箋は心から思った。

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