第290話 第一試技

「まずは神ン野陣営代表の方の試技を始めます。

それではお願いします」


会場の光が遮断され、会場に闇が訪れる。

魔王の目は漆黒の闇でも見えるのかはわからないが、

人間の目には何も見えていない。

魔法を駆使したら見えるのかもしれないが、

緑箋はその魔法をまだ思い付いていなかった。

真ん中に座っている猫高橋が息を潜めている様子が伝わってきた。


パッと光が照らされ、

その下には一人の美しい女性が立っていた。

見事な真紅のドレスを身に纏っていた。


神ン野はその女性を見て、

少しだけ嫌そうな顔になったのを、緑箋は見逃さなかった。

神ン野は慌てて耳に手をやる。

それと同時に女性が大きく息を吸い込む。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


と言っているのかなんと言っているのか全くわからない、

それこそ地獄の断末魔のような、

美しい女性の高音と、地鳴りのような音と、

子供の笑い声と、金属を激しくこすり合わせる音と、

滝壺に水が落ちる音と、雷が真横に落ちたような音と、

巨大な爆発音と、巨大な建物が崩れ落ちるような音と、

その全てが合わさった轟音が女性の口から発せられている。

会場にいるすべての人が耳を押さえているが、

押さえた意味は全くなく、

耳ではなく、脳の中心にそのまま直接響いてくるような音が発せられていた。

おそらく一分にも満たなかったはずの女性の声、

女性の声だとは全く思えなかった音が終了した。


猫高橋は耳を押さえてうずくまっていたが、

遼香は微笑んでその声を聞いていたようだった。

緑箋も耳を押さえてはいたが、

二人の魔王の顔を案とか見ることはできていた。

二人とも耳を押さえていて、

少しだけ嫌そうな顔をしてはいたが、

それなりに表情を変えないようにしていたように見えた。

恐怖を感じたのかどうかはわからなかったが、

不快ではあったようである。

それがどのように判定されるのかが興味深かった。


「神ン野陣営代表の試技を終わります。

代表の方ありがとうございました。

素晴らしい試技でございました。

ではお二人にどのような恐怖が与えられたのかを数値化しておりますので、

その結果を一斉に発表します。

ただし二人の魔王様はご自分の得点を見ることはできませんので、

あらかじめご了承ください。

繰り返しになりますが、

恐怖度の満点は百点になり、

最終的に獲得した得点が少ない方が勝利となります。

それでは準備はいいでしょうか?

第一試技、神ン野陣営代表の得点の発表です!」


山ン本、八十二点、

神ン野、四十五点、

という結果になった。


「結果の方は口に出さないようにしてください。

それでは今の結果を記録してください」


掲示板から得点が消える。

神ン野の表情を見る限り、

何をするのかがわかっていた面がある。

これはあらかじめ知っていたわけではなく、

過去に体験したことがあったので、

対処できたということだろう。

逆に山ン本がこれだけ恐怖を覚えたというところがすごかった。

恐怖というのがどのように判定されているのかは難しいが、

防げない声で不快にさせられ、それがいつ終わるかわからないということは、

ある意味恐怖と言えるのだろう。


緑箋は隣の猫高橋を見ると、猫高橋は息も絶え絶えの顔をしていた。


「ねえ、緑箋君。

私、終わるまでここにいないといけないのかな?」


猫高橋の思いは痛いほどわかるが、

残念ながらもう逃げることはできなかった。

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