第288話 緑箋の葛藤

そもそもなぜ緑箋が恐怖で勝負をつけるのが面白いのではないかと思ったのか。

それは前の世界の魔王の二人の勝負が勇敢な少年を怖がらせる対決をしていたから、

ということに他ならない。

稲生物怪録いのうもののけろくで書かれている魔王の対決というか、

山ン本五郎左衛門が送り込んでいく妖怪たちが、

どうやって少年を驚かせていったかという一覧がとても面白かったので、

この世界の魔王の二人も恐怖を与えるということが好きなのではないか、

好きなのだとしたら、

この勝負を受け入れてくれるのではないかという狙いがあったのだ。

緑箋のこの狙いはうまくはまり、

二人の魔王も快くこの勝負を受け入れたわけだが、

緑箋はもう一つ考えていたことがあった。

基本的に魔王というのは人間に恐怖を与える存在であり、

恐怖を与えることによって自分の力を増すというものもいる。

そんな恐怖を糧にしている存在である魔王は、

一体どんなことで恐怖を覚えるのか、

ということを知りたかったのだ。

普通に後ろから大声を出されただけで恐怖を感じるのか、

そういう面を見てみたかったのだ。


恐怖を与えることを考えてしているのか、

単に存在としてあるだけで周りに恐怖を与えるのか、

その違いはかなり大きい。

基本的に魔王というのは恐怖を感じさるものが多く、

自分が恐怖を感じるということはほとんどない。

であるならば、

二人とも自分が恐怖を感じるわけがないと思っているわけで、

この勝負に負ける要素がないと思っているはずである。

遼香がどのような手段を用いて二人を驚かそうと思っているのかは、

全く緑箋には想像つかないのだが、

もしかしたら遼香のとんでもない思いつきを実行することで、

二人の魔王に恐怖を与えるところが見れるのではないかと期待していた。

そして何より、

自分の前に二人に最恐の恐怖を与えてもらわないと、

自分の試技であまりに的外れすぎる結果になった場合、

緑箋が途方もない恐怖の闇に堕とされてしまうことになりかねない。

緑箋はもう半分恐怖に足を突っ込んでいるような状況ではあるが、

なんとかここで踏み止まなければ、

入隊早々心が折れてしまうかもしれないと思っていた。


しかしもう賽は投げられている。

後戻りはできない。

今から何か考えることはできないかと、

緑箋は頭の中で高速度で考えを巡らせていたが、

あまりにも呑気にことを構え過ぎていたのと、

時間がないと焦る気持ちから、

もう頭が真っ白になっていた。


そんな緑箋の形で今日は龗がのんびりと寝ている。

今回は魔王との謁見ではないため、龗も帯同している。

魔王と対峙しても全く動じることもなく、

いつものように緑箋の肩で休んでいる龗を見て、

緑箋はなんとか落ち着こうとしていた。

そして楽しそうに待ち構えている遼香になんとか期待するしか、

もう緑箋に残された手はなかった。


「緑箋君落ち着いて。

さっきから一言も発してないけど。

別に緑箋君の試技がどうなっても平気だから心配しないで。

そろそろ時間になるからね」


猫高橋が一生懸命緑箋を落ち着かせようと話しかけてくれていたが、

緑箋には半分くらいしか届いていなかった。


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