第272話 神ン野のお茶会

綺麗な桜のピンク色をした練り切りと、

涼やかな寒天で固められた青い美しい和菓子が二つ小皿に乗っていた。


突然お菓子を勧められた三人は顔を見合わせた。

遼香は茶道の心得があるようだが、

緑箋も猫高橋もそんな知識はほとんどない。

そんな三人の慌てぶりをみながら神ン野は微笑んだ。


「そんなに畏まらなくても結構だ。

別に作法も気にせず、

美味しくお茶と和菓子を楽しんでほしい」


そうは言われてもと最低限の作法というのはあるだろうと思ったが、

まあ別に作法も何も知らないのだから、

丁寧に食べるしかないと、

遼香が和菓子を少しずつ食べるのをみながら、

緑箋と猫高橋もなるべく上品に、

一口で全て食べずに切り分けながら食べていった。

ほのかに甘みが広がる桜の練り切りのもっちりとした食感と、

淡く透明の青さがとても美しい寒天の爽やかな甘さの対比が、

口を楽しませてくれた。

三人は口々に美味しい美味しいと口に出してしまうほど、

美味しい和菓子だった。


神ン野はそんな三人をみて微笑みながら、茶の準備を進めていた。

スッと音も立てずに茶筒を開け、

茶杓で粉末の抹茶を手際よく茶碗に移す。

その動作一つ一つが澱みなく美しく、

まるで熟練の踊りを見ているような優雅さを感じさせた。


「香りを楽しんでくれ」


神ン野の言葉と共に上品な香りが茶室に広がる。

そのまま茶碗に熱湯を注ぎ、

茶筅で茶を点てる。

その一定の間隔で刻まれる音は、

熟練の楽器の使い手の奏でる音のように心地よく、

三人の耳はその音に酔いしれていた。


三人の前に静かに茶碗が置かれた。

その表面はなめらかに泡立っており、

色鮮やかなきめの細かい緑色の抹茶が輝いていた。


三人はその輝いているお茶をゆっくりと飲んでいく。

口の中に、苦味というよりも旨味と甘みが広がって、

口に残っていた和菓子の甘みを爽やかにして、

さらに深みを与えるような美味しい抹茶だった。


「とても美味しいです」


三人は口を揃えてしまった。

三人は顔を見合わせて笑ってしまったが、

神ン野もその感想に嬉しそうに微笑んでいた。


前の世界であれば、

「お点前頂戴いたします」とか「結構なお手前で」とか、

茶碗を回して正面を避けるとか茶道には色々な作法があるが、

この世界ではそれほど気にすることもないようだった。

作法に則って感謝や敬意を示すというのはとても大切なことだが、

今回はそれほど気にする必要もなく、

しっかり和菓子とお茶を楽しむということが大切なようだった。

何より神ン野の格好が格好なのだから。

それでも不敬でも不快でもないわけで、

みんなで作るお茶会というのもとてもいいものであった。


旅の疲れや緊張も少しほぐれ、

穏やかな時間が茶室の中に流れていた。

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