第270話 神ン野の居城

山ン本に挨拶をして三人は迎賓館を出た。

使いの少年は迎賓館の門のところまで送ってくれた。


「神ン野様をお迎えはあちらでお待ちです」


少年が指差すところに、馬車が止まっていた。

三人は少年に丁寧感謝を伝えると、

少年は深々とお辞儀をして音も立てずに帰っていった。


「あの人、かなりできますね」


猫高橋がポツリと呟く。

緑箋も遼香もあの物腰の柔らかさに騙されずに、

その所作の無駄のなさから、それを感じ取っていた。

やはり魔界、侮れない。


そんなことを話しながら三人は馬車に近づいていく。

馬車の横には真っ黒な燕尾服に身を包んだ、

白髪の老爺が背筋をしっかりと伸ばして、

微動だにせずに立っていた。


「お待ちいたしておりました。

神ン野の使いでございます。

ご案内いたしますので、馬車にお乗りください」


三人は馬車に乗り込むと、

老爺は馬車を発車させる。


「本日は山ン本様より許可をいただきまして、

こちらまでお迎えに上がることができました」


考えてみれば敵の手下が自分の居城のすぐ目の前まで来ているわけなので、

これほど危ないこともないのだろうが、

今回は特別に許可をもらえたのだろう。


「ここより少し時間がかかるところに神ン野の居城がございます。

そちらまでお連れいたしますので、

揺れなどご注意ください」


馬車は静かに動き出していたので、

遼香と猫高橋の二人に挟まれて座っていた緑箋は気が付いていなかったが、

馬車はとっくに空を飛んでいた。

時間がかかる場所なのだから当たり前である。

あまりにも静かすぎるので不思議に思って前を見たので、

緑箋は初めて空を飛んでいることに気が付いてしまったが、

そこからはずっと自分の膝を眺めることに集中した。

遼香と猫高橋はこれに気が付いていたので、

緑箋を真ん中に座らせてくれたのかもしれない。


遼香と猫高橋は窓から外を見ながら、

あれが見えるこれが見えると子供のようにはしゃいでいる。

実際に地上とあまり変わらないような景色が広がっている。

山あり谷あり川あり湖ありである。

違うのは空だけ。

不思議な光景である。

城下町を外れて森や平野を抜けていった後、

また街が見え始めた、

というのを緑箋は耳で聞いていた。

街並みはどこのそれほど変わっておらず、

木造の平屋の建物が並ぶ中、

神ン野の居城が見えたそうである。


彼らの目の前にそびえる城は、

まるで巨大な壁のような存在だった。

その城塞は広大な敷地に建ち、

峻厳な岩山を切り開いて築かれていた。

城壁は高くそびえ立ち、頑丈な石の塊が堅固な防壁を形成していた。

四方に配置されている塔は細やかな装飾で彩られ、

中には高い天守閣がそびえ立っていた。


「あちらが神ン野の居城でございます」


老爺がそういうと馬車は高度を下げ、

居城の巨大な門の前に停車する。

老爺が合図をすると巨大な門がゆっくりと開いていく。


城内には複数の建物や庭園が配置され、

その規模は一望しても見切れることがないほどだった。

庭園は西欧風の庭になっているようで、

和風の山ン本に対比するような城であった。

天守閣を目の前にして、

美しく薔薇が咲き乱れている庭園のそばの建物の前で馬車は止まった。


「遠くまでご足労いただきましてありがとうございます。

こちらでございます」


老爺は馬車の扉を開けて三人を建物の中へ誘う。


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