第266話 比熊山の中へ

山頂で休んだ三人は、

比熊山の山頂からさらに北側へ進んでいく。

人が入らないような獣道には草が生い茂っており、

歩くのは困難になってきた。

山道を歩くのは大変だが、

少し浮いて進んでいけばそれほど困難ではないのが、

魔法が使える利点である。

緑箋も空を飛ぶというところはまだできないが、

少しだけ浮いて進むことはできるようになってきた。

しかし上空に飛んでいくというのはまだ難しいので、

二人に手伝ってもらいながら山道を進んでいった。


「緑箋君にもできないことがあるんだね。

少しだけ安心したよ」


猫高橋は少し驚きながらも、

緑箋が完全無欠ではないことに少しだけホッとしていた。


「でも朱莉、安心しちゃいけないよ。

緑箋君は上空に浮かんでいたレヴィアタンを、

しっかり真っ二つにしたんだからね。

仲間のためなら自分の恐怖を一時的にでも克服できるっていうのは、

本当にすごいところだよ」


遼香はあの時の報告を受けているのであろう。

あの戦いのことをしっかり知っているようだった。


「あの時は本当に必死でしたから。

たまたまうまく行きましたが、

次もうまくいくとは限りません」


「そうだったんだね。

でも緑箋君が必死に頑張ってくれたおかげで、

みんなが無事だったんだから、

やっぱりすごいことだよ。

空に飛んで逃げれば緑箋君に勝てるなんて、

単純な思考だった私が恥ずかしいよ」


猫高橋は真剣な表情をしながらも微笑んだ。


「さて、この辺りですね」


猫高橋が前方を指差す。

時になんの変哲もない森である。


「結界が張られているからね。

しっかり魔法探知しないと、

隠された扉見つけられないようになってるんだ。

でもやっぱりたまに迷い込んでしまう人もいるから、

妖怪と出会ってしまう人もいるの。

でも別に行き来が禁止されているわけでもないから、

妖怪たちも山にやってきたりはしてるみたい。

別に妖怪も人間と無駄に争いたいわけではないからね。

普通に必要なものを買いに来たりするし、

中にはいたずらをする妖怪もいるけれど、

まあいたずらの類なら人間の子供だってするからね」


「そんなものなんですね」


「そうだよ。この国では人間も妖怪も別に敵対しているわけではないから、

共存して平和に暮らしてくれるのが一番いいんだよ。

緑箋君もよく知ってる、

大江山みたいに妖怪も人間も関係なく共に生活できるような世界が理想かもね。

最近はそういう場所も増えていることは増えているんだけどね。

双方ともにまだまだ歩み寄りが必要な場所は多いね」


同じ人間でも分かり合えないのだから、

人間と妖怪という別種の存在が共存できる世界というのは確かに難しい。

だがそれを実現するために遼香たちもできることをコツコツとやっている、

それがいつか身を結べば本当に素晴らしいことである。

実を言えば緑箋が今まで妖怪たちと交流してきたことが、

そんな世界の第一歩になっているのだが、

緑箋はまだそんな重要な役目を担っているという気持ちは全然なかった。

前の世界では人とうまく付き合えなかった緑箋が、

この世界では人でないものたちとうまく付き合えるようになっているのは、

とても皮肉なことである。


だがその中で緑箋も成長しているからこそ、

今ここにいるということもまた事実である。


「じゃあ行きましょうか」


猫高橋がどこかへ連絡を始めた。

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