第261話 遼香の提案

「これは本当の本当なんだけれど、

指輪も腕輪も本当に見事な意匠になっていて、

どちらも値段がつけられないほどの逸品になってる。

だからどちらが上とか下とかは絶対にないんだけど、

どうも二人の魔王はそれが気に食わなかったらしいんだよね。

腕輪の方が大きいからすごいとか、

指輪の方が細かいからすごいとか、

そういうところで争ってしまったらしいんだ」


「魔王というのは小等部程度の頭なんでしょうか?」


「それは言い過ぎだよ、緑箋君。

まあでも程度の低い争いだということは否めない。

これに対して我々が何かできることもないとは思ってるんだけど、

ある意味その原因が我々にある感じなってるし、

それが火種となって魔王同志の戦争になるってことも避けなければならないの」


笑い話ようなくだらない理由だが、

それで戦争状態になってしまうのは、

そのほうがくだらないことになってしまう。


「確かに、原因はともあれ、

それで犠牲者が出ることは避けなくてはなりませんね」


「そうなの。

なまじ、力が有り余っている二人の魔王だから困ってるんだよね。

下っ端がこれなら、こちらでも対処のしようがあるんだけど、

単純に怒っていて、それが指輪と腕輪という理由なら、

それはやっぱり回避しないといけないのよね」


「ちなみに、今回の贈り物を決めたのは私だ」


遼香はしっかりと背筋を伸ばして真っすぐに手を上げた。


「まあ、これは遼香さんだけが悪いってことでもないですよ。

だって今回の品物を決めた時、

みんないい考えだなとみんな浮き足立つくらい盛り上がったし、

彫金の意匠を見たときはこれはすごいって言ってたからね。

誰も止めようとする人なんていなかったんだ」


猫高橋も今回の件に関しては遼香が悪いとは思っていなかった。

確かに今までの前科があるので、

またやったと思った人もいるのかもしれないが、

今回に関しては流石に貰い事故のようなものである。

緑戦も話を聞く限り、

こんな事態になると想像できた人はいなかっただろうと思った。


「まあそう言ったわけで、

我々も今のうちに動かざるを得ない状況になったというわけなの。

しかも遼香さんが直接乗り出すことになったわけ」


「なるほど、そういうわけなのですね」


二人の魔王ということもあるので、

遼香が直接間をとりなすというのは悪い選択肢ではないだろうと、

緑箋も思った。


「というわけで緑箋君、

明日一緒に来てほしい」


遼香がとんでもないことを言い出したので、

緑箋は耳を疑った。

完全に自分とは関係のない話だと思い込んでいたし、

実際関係のない話なので、

今、なぜ自分に話が振られたのか全く理解不能だった。

ただ緑箋にとって遼香の提案が、

今までも理解不能なことばかりだったということを忘れていた、

その一点だけは落ち度と言っても仕方がないことだろう。


「なぜ僕なんですか?」


緑箋は心を振り絞ってなんとかそれだけ口に出した。

猫高橋は顔を背けている。


「実績と信頼かな?」


「僕は新入隊員でなんの実績もありませんよ?」


「一緒にいろんなことをした仲じゃないか」


「ごめんなさいね、緑箋君。

こういう時の遼香さんは……」


遼香は自分勝手に何かをしたり決めたりしているように思われがちだが、

涼香は自分の心に正直に動いているだけで他意は全くない。

むしろだからこそ最善の結果を出してこれたというのもまた事実である。

遼香の勘と言ってしまえばそれまでだが、

遼香の行動には遼香に培われた経験によって弾き出されている、

何か特別の答えがあるのかもしれない。

緑箋もそのことはよく身をもって体験してきていた。


「そうですね、わかりました。

新入隊員ですから、遼香さんの命令には従いますよ」


「これは命令じゃないよ、緑箋君。

私は誰にも命令なんかしないよ。

人には人の人生や価値観があるからね。

ただやって欲しいという思いはある」


「わかってますよ、遼香さん。

僕に何ができるかわかりませんが、

お供させていただきます」


三人は静かに紅茶を啜った。

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