第259話 二人の魔王

「魔界の扉が開くって、それは一大事じゃないですか!」


さすがの緑箋も驚いて少し大きな声になってしまった。


「まあ聞こえはそうなんだ。

で、しかも確かに大ごとではあるんだがなあ」


珍しく遼香も困ったような顔をしている。

その後を猫高橋が引き取る。


「魔界の扉と言っても魔族の方の話ではないんです」


「あっ、そうなんですか?

魔族が侵攻してくるという話ではなく?」


「確かにそっちの魔族、

いわゆる魔族の方の動きも活発化してるのは事実なんだけれど、

今回のはそうじゃないの」


「じゃあ一体どこの?」


「広島なの?」


「広島?」


「広島には魔王がいるのよ。

二人ね」


そこで緑箋はピンときた。


「それってもしかして山ン本五郎左衛門さんもとごろうざえもんのことでしょうか?」


「そう、よく知ってるわね。

っていうか情報漏らしました?」


猫高橋は遼香を見つめている。


「いやいや、まだ話してないよ。

さすがにこれは極秘事項だからね」


遼香は無罪を訴えている。


「じゃあまあ緑箋君が物知りってことなのかな」


猫高橋はまだどこか疑っているようだった。


「まあその山ン本五郎左衛門と……」


「神ン野悪五郎しんのあくごろうの争いってことでしょうか?」


緑箋は最後を奪うように続けた。


「本当によく知ってるわね。

そのまさかってわけ」


前の世界で言えば、

山ン本五郎左衛門は日本の妖怪たちの中の頭領であり、

魔王とされている妖怪である。


稲生物怪録いのうもののけろくに記されている妖怪であり、

なんとこの物語、

稲生武太夫(幼名平太郎)という、

備後三次(広島県三次)に実在した人物が、

十六歳だった、寛延二年(1749年)に体験した話なのである。


とまあ魔王が出てくる話ではあるが、

稲生物怪録は絵巻物としての絵はすごいが、

話の内容はそれほどでもない。


山ン本五郎左衛門と神ン野悪五郎が魔王としての力比べをすることになり、

その方法が勇気ある少年を百人怖がらせるというもので、

山ン本五郎左衛門は八十六人目の稲生武太夫に、

一ヶ月余りの間妖怪を使って怖がらせようとしたが、

一行に稲生武太夫が怖がらないので、

山ン本五郎左衛門は稲生武太夫の勇敢さを讃えて負けを認めた。

そしてもし神ン野悪五郎がきた場合は、これを鳴らせば助けに来ると、

木槌を渡して去って行った。

この木槌は広島市東区の國前寺の寺宝として今も伝えられている。


日本最大の魔王として位置づけられている場合もある山ン本五郎左衛門だが、

十六歳の少年に負けている。

さらに言えば神ン野悪五郎にも負けている。

そもそも魔王同士の戦いが、

少年を怖がらせるっていうのはなんだという話ではある。

ある意味平和ですらある。


この二人の魔王はこの話が元になって色々な話に出てくるようになるわけだが、

妖怪の頭であるということ以外、

他にどんな能力があるかということはわかっていない。

ただ、今現在はその名前が一人歩きしているような状況である。


ということで、

この世界でもこの二人は魔王としての力は恐れられてはいるようである。

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