第258話 急転直下の話

空になったコップを見た猫高橋は、

遼香との盛り上がっている会話を止めた。


「ああ、ごめん緑箋君。

紅茶なくなってたね。

もう、遠慮しなくていいから言ってくれればいいのに」


そう言いながら立ちあがろうとする。


「あっ、猫高橋さん、自分で淹れますから」


慌てて立ちあがろうとする緑箋に対して、

猫高橋は優しく手をかざすように緑箋の目の前に出す。


「いいから、緑箋君は座ってて、

これは私の役目だから」


「そんな役目を猫高橋さんにさせちゃ悪いですよ」


「そうじゃないよ。

この紅茶は淹れるのが私の役目なの」


そう言って猫高橋は遼香の方を見つめる。


「そうなんだよ、緑箋君。

さっきも言ったけれど、

この紅茶は朱莉が淹れてくれるのが一番美味しいんだ。

なぜだかわからないんだが」


「そうなの、

遼香さんではこの味にならないんだよ。

だからこの紅茶は私の役目なんだ」


猫高橋は鼻歌を歌いながら紅茶の用意をしている。

どうも遼香に誉められているのがとても嬉しいらしい。

そう言うことならばと緑箋も諦めて待つことにした。

猫高橋が淹れたての紅茶をまた持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


緑箋はそう言って、淹れたての紅茶を口でフーフーを冷ましてから、

一口飲む。

ほのかに桜の香りが抜けていき、

暖かさと共に喉を駆け抜けていく。


「美味しい」


緑箋は自然と感想を口にしていた。

それを見て猫高橋もまたにっこりと笑っていた。

そうでしょうそうでしょうとでも言いたげだった。

そんな春の午後、麗らかな差し込む日差しを感じらながらのお茶会は、

ようやくひと段落ついたようだった。


「せっかくの緑箋君の入隊式を最後まで待たずに抜け出したのに、

こんなにゆっくりとお茶を飲んでいるのには訳があるんだよ」


少しだけ真面目な顔つきになって遼香が話し始めた。

しかし猫高橋はそれを見て小さな声で囁く。


「本当は早くあの場を終わらせたかったから、

緑箋君を使ったってところもあるんだけどね」


「いや、そんなことはないぞ。

これはこれで大事なことだからな」


「まあ確かにそうですけど、

こんなにゆっくりお茶を飲んでいるんだったら、

入隊式がちゃんと終わるのを待った方が良かったんじゃないですか?」


「これはこれで貴重な時間だからな。

全て計算の上の話だよ」


「じゃあ、まあそう言うことにしておきますか。

確かに重要な話ですからね」


遼香は頷いて、一口紅茶を飲む。


「今ちょっと困ったことになっていてね。

困ったことというか、

釦の掛け違いというか、

まあ初めはちょっとした行き違いだったはずだったんだが、

今はもう一触即発の状態みたいな感じになってしまっていてね」


「なんのことだかわかりませんが、

それは大変じゃないですか。

それなのにこんなにゆっくりしていていいんですか?」


「まあそうなんだが、

今はこちらもあちらも打つ手がない、こう着状態というところでね。

何も備えていないわけにはいかないが、

何もすることもできない状態なわけだよ。

今は私の部下が数名待機して、逐次報告してくれているが、

今すぐ何かが起きるという状態ではないようだ。

だが今すぐ何かが起きてもおかしくはないという状態でもあるようだ」



「で、それは一体どういう状態なんですか?」


緑箋は自分が聞いてもいい話かどうかわからなかったが、

一応聞いてみることにした。


「まあ簡単にいうとだな、

魔界の扉が開こうとしてるのだよ」



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