第257話 午後の紅茶

猫高橋は紅茶を入れたカップと焼き菓子を出してくれた。

カップの紅茶の中には桜が一輪咲いていた。


「これは桜の紅茶なんだよ。

紅茶の渋みの中に桜の香りがふわっと抜けていくの。

ちょっと飲んでみて」


猫高橋の勧めに従って緑箋はフーフーと冷ました後、

一口紅茶を口に含んだ。

確かにふわっと桜の香りが鼻から抜けていく。

爽やかな春らしい紅茶だった。


「いや、本当に美味しいです。

桜の香りが爽やかですね。

こんな紅茶は初めて飲みました」


「そうだろう、

なかなか美味しいだろう。

今年初めて見つけたんだよ」


遼香は自分が誉められたかのように喜んでいる。


「遠慮しないでお菓子も食べてね」


猫高橋は自らお菓子も取って食べている。

確かに誰も遠慮はしていないようだった。

緑箋も一つ焼き菓子をいただく。

柔らかい生地の中にたっぷりバターが含まれてジュワッと口の中に広がる。

昔懐かしいマドレーヌのような食べ物だった。


「これはマドレーヌって言うんだって」


マドレーヌだった。


「桜の紅茶によく合うよね。

ふわふわでバターがしっかり入っていて美味しいの」


猫高橋はマドレーヌと紅茶を交互に口に含みながら、

幸せそうな顔をしている。


「あんまり食べすぎると太るからな」


「ちょっと遼香さん、

それは禁句ですよ!

最近お腹が気になってるんですから、

そんなこと言わないでください」


「気になってるんだったら、指摘してあげたほうがいいんじゃないか?

なあ、緑箋君?」


今一番振られてはいけない話題を振られてしまった緑箋は、

ただただ頭を掻くばかりである。


「もう遼香さん、緑箋君にそんなこと聞くのもダメですよ。

ごめんね緑箋君。

遼香さんはいつもこんな感じだから、

でも悪気は全くない人だからね」


「なら食べ過ぎのことを指摘してもいいんじゃないか?

悪気がないことはわかってるんだろう?」


「それとこれとは話が別です!」


「別じゃないと思うんだけどなあ」


猫高橋と遼香はお茶を飲みながら楽しそうに話している。

言ってみれば女子会である。

この女子会に一番参加してはいけない人間が緑箋である。

しかし二人は一向に緑箋のことを気にせずに楽しそうに話を続けている。

前の世界だったら、緑箋が存在すること自体許されなかっただろうが、

今は同席して気持ちが悪いということはないように思われているだけで、

緑箋は少しだけホッとしていた。


しかし流石に緑箋もこのほんわかとした状況がなんなのか、

あまりにも普通に幸せな時間が流れているだけの状況が続いていることに、

逆に戸惑っていた。

しかし二人の会話に入ることもできず、

曖昧な笑顔と相槌を打ちながら、

二人の楽しそうな会話に耳を傾けていた。


もうすでに緑箋の紅茶は空になっていた。

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